EP 10
美貌の剣士ライザ、100円の「ヘアゴム」に感動
「交渉成立だ。よろしく頼むよ、異世界の商人殿」
ヴォルフとの固い握手により、太郎の抱えていた最大のリスクは、冒険者ギルドという巨大な後ろ盾によって見事にカバーされた。
「よし」
商談がまとまったところで、ヴォルフは満足そうに頷き、パンッ! と乾いた柏手を打った。
すると、執務室の奥にある控室の扉が静かに開いた。
現れたのは、凛とした冷たい空気を纏う女性だった。輝くようなブロンドの髪を後ろで一つに束ね、女性らしい身体のラインにフィットした上質な革鎧に身を包んでいる。腰には細身だが、一目で業物と分かる長剣を差していた。
「お呼びでしょうか、お父様」
その声は涼やかで澄んでいるが、確かな芯の強さを感じさせた。
「ライザ! 久しぶり!」
サリーが椅子から飛び上がり、その女性――ライザに駆け寄った。
「あら、サリー? 元気だったかしら。村のサンガおじ様は息災?」
ライザは氷のような美貌をふわりと緩め、懐かしそうにサリーの手を取った。
「うむ。再会を喜んでいるところ悪いが、本題に入ろう」
ヴォルフがわざとらしく咳払いをすると、二人は居住まいを正した。
「太郎。君の身元はギルドが保証し、商品の販売ルートも確保した。だが、お前が『無限に物資を出せる』という事実が完全に隠し通せるわけではない。もし情報が漏れれば、悪党どもが実力行使で攫いに来るかもしれん。だから、君に専属の護衛を付けたいと思う」
「護衛、ですか?」
太郎は目をぱちくりさせた。
「ああ。紹介しよう。我が娘、ライザだ。ライザは美しく、剣の腕もギルドでトップクラス、何より気立てが優しくて料理もできる自慢の娘でね!」
ヴォルフの顔が、先ほどのマフィアのボスのような強面から一転、デレデレの「親バカ」の顔に崩れ落ちた。
「おまけに小さい頃から剣術大会では優勝続きで、街にファンクラブもあるくらいでな……!」
「お、お父様! 恥ずかしいです! 業務中にそのような個人的な話を……!」
ライザが顔を真っ赤にして抗議する。クールな女剣士の仮面が、実の父親によって開始早々に引き剥がされていた。
「す、すまん。つい……コホン。ともかく、ライザを太郎の護衛にと思う」
ヴォルフは再び表情を引き締め、真剣な眼差しで太郎を見た。
「単に腕が立つだけの傭兵では駄目だ。金で買収されず、お前の秘密を厳守し、私の命令を忠実に実行できる絶対の信頼が置ける護衛……となれば、娘のライザ以外に考えられない」
「良いんですか? ライザさんのような凄い人が、僕なんかの護衛で……」
「これは決定事項だ。それに、ライザにとっても、君の『未知の品』に関わることは、広い世界を見る良い経験になる。……ライザ、よいな?」
ヴォルフが娘に問いかける。
ライザは恥じらいを捨て、再び騎士としての凛々しい顔つきに戻っていた。彼女は太郎に向き直ると、その場に片膝をつき、恭しく頭を下げた。
「ギルドマスターの命、そして我が父の頼み、謹んでお受けいたします。……今日よりこのライザ、太郎殿の剣となり、盾となりましょう」
その瞳には一点の曇りもなかった。
「ありがとう、ライザさん。……頼りにしてます」
太郎は深く頭を下げた。これで、戦闘面での不安も解消されたことになる。
「よろしくお願いしますね、太郎殿。……イッ!?」
立ち上がろうとしたライザが、不意に顔をしかめた。
彼女が後ろで束ねている金髪の結び目から、ブチッ、と数本の髪が千切れる音がしたのだ。
「あ、また……」
ライザはため息をつき、髪を縛っていた『粗末な革紐』を解いた。
この世界では、ゴムという素材が存在しないか、あっても魔物の腸などを加工した非常に高価なものだ。そのため、一般的には革紐や麻紐で髪をキツく縛るしかないのだが、戦いの激しい動きの中で紐が擦れ、美しい金髪が傷んだり、絡まって抜けてしまったりするのが彼女の密かな悩みの種だったのだ。
「革紐だと、どうしても髪が痛みますわね……」
ライザが悲しそうに千切れた金髪を見つめているのを見て、太郎はハッとした。
(そうだ、あれを出せば……!)
太郎はウィンドウをこっそり開き、『美容・ヘアアクセサリー』のカテゴリを開いた。
【 跡がつかない スプリングヘアゴム(黒・茶・クリア 3個入り):100P 】
[購入しますか? YES]
「あの、ライザさん。もし良かったら、これ使ってみませんか?」
太郎は購入したばかりの、電話線のコードのようにくるくると螺旋状になった不思議な形のヘアゴムを一つ差し出した。
「これは……? 不思議な形をした紐ですね。触ると……すごく伸びる!?」
ライザは恐る恐るスプリングヘアゴムを受け取り、両手で引っ張ってみた。びよーんと伸びて、すぐに元の螺旋状に戻る。
「『ゴム』っていう素材でできてるんです。髪に絡まりにくくて、跡もつかないから、激しく動いても髪が痛まないんですよ。結んでみてください」
「は、はぁ……では、お言葉に甘えて」
ライザは半信半疑のまま、金髪をまとめてスプリングヘアゴムで束ねた。
二重、三重と巻きつけると、革紐のようにキツく締め付けなくても、しっかりと髪が固定された。
首を振ってみる。走る時のように、軽くステップを踏んでみる。
髪は全く崩れず、それでいて頭皮が引っ張られるような痛みも全くない。
「っ……!!」
ライザのクールな瞳が、限界まで見開かれた。
「な、なんという事でしょう……! まるで髪が風に包まれているように軽いのに、絶対に解けない! 髪を引っ張る不快感も、千切れる痛みも全くありません!」
彼女は感極まったように、自分のポニーテールを何度も触って確かめている。
「剣を振るう度に髪が絡まるのがストレスだったのですが……これなら、どれだけ激しく動いても気になりません! た、太郎殿! この素晴らしい『魔法の髪留め』は、一体どれほどの金貨をお支払いすれば……!?」
「あ、いや、それはプレゼントです。これから護衛してもらうお礼ってことで。まだ余ってるので、サリーも使う?」
「使うーっ! 私も可愛い髪留め欲しい!」
たった100円の(しかも3個入りだから実質33円の)ヘアゴム一つで、凄腕の女剣士の好感度と忠誠心がストップ高まで跳ね上がってしまった。
ライザはスプリングヘアゴムを愛おしそうに撫でながら、「一生の宝物にします……!」と目を潤ませている。
(……この世界の女の子、ちょろいというか、日用品の不便さが深刻なんだな……)
現代の「100均グッズ」が持つ威力を改めて思い知りながら、太郎は苦笑した。
こうして、現代知識を持つ元コンビニ店員、天真爛漫な村長の娘、そしてギルド長自慢(かつ100均グッズの虜になりかけた)の美人剣士。
奇妙で賑やかなパーティーが、王都アルクスにて結成されたのだった。




