第8話:非対称戦争(アシンメトリック・ウォーフェア)
帝国軍第4魔導偵察隊の隊長、バート中尉は、目の前の光景に苛立ちを隠せずにいた。
「報告しろ。何が起きている?」
「……分かりません! 斥候の二人が、ただの地面に足を取られ、次の瞬間には背後から喉を貫かれていました。敵の姿は……毛皮一枚見えません!」
帝国軍の装備は精良だ。魔導補強された鋼の軽装甲、自動追尾機能を備えた矢。それに対し、相手は未開の獣である銀狼族。本来なら一方的な「駆除」になるはずだった。
だが、この森に入ってから、彼らは目に見えない死神に翻弄されていた。
一キロ先、巨大な樹冠の影。
ハヤトは、ピピの粘液で消音・消臭加工を施した「特製擬態マント」を被り、完全に風景の一部と化していた。
「……フェン。方位110、距離150。敵の魔導師が障壁を展開しようとしている。あれが最優先目標だ」
ハヤトの傍らで、フェンが音もなく尻尾を振った。フェンの驚異的な聴覚は、帝国兵の心拍数から、次に誰が動くかまでを読み取っている。
ハヤトが構えているのは、銃身をさらに長く改修した「試作二号狙撃銃」。
その銃口には、ピピの体内で生成した特殊な油を染み込ませた「サプレッサー(消音器)」が装着されている。
「ピピ。薬室の圧力を維持しろ。排熱は最小限に」
『ププッ』
ピピが銃身を包み込み、発射時の熱と音を吸収する。魔法と科学、そしてスライムの生理機能が融合した、この世界で唯一の「消音狙撃銃」だ。
ハヤトは照準の中に、落ち着かない様子で呪文を唱えようとしている魔導師を捉えた。
前世の狙撃兵としての記憶が、風速、湿度、弾道を瞬時に計算する。
(指の力は抜く。心音の間で、引き金を絞る……)
――プシュッ。
空気が抜けるような、小さな音。
銃口から放たれた、ピピ特製の高硬度合金弾が、帝国魔導師の眉間を正確に貫いた。
「なっ……!? ヴァイスがやられた! どこだ、どこから撃ってきた!?」
パニックが広がる。だが、彼らが周囲を警戒した瞬間、足元でカチリと乾いた音がした。
ハヤトが事前に埋設しておいた、対人用「クレイモア地雷(魔石破片式)」の踏板だ。
「……フロント・トワード・エネミー(敵にこちらを向けろ)」
ハヤトが起爆スイッチを押し込む。
――ドォォォォンッ!!
扇状に放たれた数百の鋭利な魔石の破片が、帝国兵たちの脚部をズタズタに引き裂いた。
致命傷ではない。だが、それがハヤトの狙いだ。
「ぎゃああああっ!! 足が、俺の足が!!」
「……よし。負傷兵が一人出れば、救助のために二人が拘束される」
ハヤトは冷徹に呟いた。
これは騎士道でも、正々堂々とした決闘でもない。
「効率的」に敵の戦力を削ぎ、恐怖を植え付け、戦意を喪失させる――特殊部隊式の不正規戦。
「バート中尉! 撤退を! 相手は銀狼などではない、何か別の『怪物』です!!」
混乱の中、ハヤトはゆっくりと立ち上がった。
マントを脱ぎ捨て、腰に下げた「破砕手榴弾」を手に取る。
「フェン、仕上げだ。生き残りは一人も出すな。……帝国に、ここが誰の縄張りかを分からせてやる」
フェンが牙を剥き、弾丸のような速さで負傷した帝国兵たちへ躍りかかった。
ハヤトの手から放たれた手榴弾が、逃げ惑う帝国兵の密集地点で爆発し、黒い煙が立ち昇る。
数分後。
そこには、動く者の姿はなかった。
ハヤトは血の匂いが漂う戦場に降り立ち、帝国兵の死体からまだ使える魔石や地図を「回収」し始めた。
「……次は、もう少し火薬の出力を上げてもいいな。ピピ、配合メモを更新だ」
ハヤトの瞳には、勝利の喜びも、殺生の忌避感もなかった。
あるのは、次の「ミッション」に向けた、冷徹な改善案だけだった。
遠くで、銀狼族の里から勝利を祝う咆哮が響き始めた。
だが、その勝利をもたらしたのが、たった一人の「牙無し」と一匹の狼、一匹のスライムであることに、まだ誰も気づいていなかった。
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