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銀狼(シルバーファング) 〜牙なき仔狼の異世界戦記〜  作者: beens
第1章:牙なき潜伏者

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第4話:オペレーション・ママ

 戦場において、最も恐ろしい敵とは何か?

重装甲の戦車か、見えない狙撃手か、それとも頭上から降り注ぐナパームか。

前世で「元帥」まで上り詰めた俺の答えは、一つだ。

――それは、「身内の善意」である。

「ハヤト、そこに脱ぎっぱなしにしていたボロ布はどこ? 洗っておくわよ」

銀狼族の里、ミーナの寝ぐら。

洞窟の入り口から差し込む朝の光が、巨大な牝狼のシルエットを逆光で照らし出していた。

ミーナの声は慈愛に満ちているが、俺にとっては「拠点強襲レイド」の開始合図に等しい。

(……マズい。非常にマズい)

俺は、毛皮のベッドの上で硬直した。

俺が「ボロ布」と呼んでいるものは、昨夜、廃棄場から回収してきた「硝石の精製用ろ過布」だ。

そこには、まだ強烈なアンモニア臭と、発火性の高い抽出物が付着している。もしミーナがそれを地底湖で洗おうものなら、水質汚染どころか、彼女の鋭い嗅覚に「人族の子供が火薬の原料をいじっている」という事実を突きつけることになる。

(状況確認。ターゲット(ミーナ)は現在、居住区ネストの北東から掃討を開始。俺の秘密工作用ストレージまで、距離にして残り3メートル)

俺は音もなく立ち上がり、脳内の戦術マップを展開した。

ベッドの隅、岩の隙間に隠した「試作型投石紐スリング」と、鋭利に加工した黒曜石のストック。

これが見つかれば、ただの「子供の遊び」では済まない。

「あら、ここ、なんだか変な匂いがするわね。ハヤト、また何か変な虫でも持ち込んだの?」

ミーナの巨大な前肢が、俺の隠し場所のすぐ近くの土を掘り返し始めた。

銀狼族の「掃除」は豪快だ。前肢の爪で床を耕し、古い寝藁を外へ放り出す。

物理的な破壊力を伴った、まさに絨毯爆撃。

「……あ、あの、ミーナ!」

俺は咄嗟に、前世で一度も使ったことのない「武器」を起動させた。

名を、『愛くるしい幼児のフリ(擬態)』という。

俺はとてとてとミーナの足元へ駆け寄り、彼女の太い前肢にしがみついた。

見上げる瞳には、最大限の「無垢」と「甘え」を込める。

「ミーナ、お腹空いた。お外で、美味しい木の実を見つけたんだ。一緒に食べよう?」

ミーナの動きが止まる。

彼女の黄金色の瞳が俺を見つめ、細められた。

「もう、甘えん坊さんねぇ。お掃除が終わってから……」

「今がいい。ねえ、ミーナ。お願い」

俺はわざとらしく、彼女の毛並みに顔を埋めた。

心臓がバクバクと鳴っている。これは恐怖ではない。極秘任務ブラック・オペレーション特有の緊張感だ。

だが、ミーナはクスクスと喉を鳴らすと、俺を鼻先で転がした。

「分かったわよ。でも、その前にこの大きな岩をどかして……」

彼女が触れようとしたのは、俺の「化学薬品(スライムの粘液と鉱石粉末)」を隠している偽装岩フェイク・ロックだった。

(……チェックメイトか。いや、まだだ!)

俺は背後に控えていた「予備戦力」にサインを送った。

洞窟の影で待機していたフェンだ。

「フェン、今だ! 陽動開始ゴー!」

俺が心の中で叫ぶのと同時に、フェンが弾丸のような速さで洞窟に飛び込んできた。

彼はミーナの尻尾を甘噛みし、そのまま外へと走り出す。

「あっ、こら! フェン、いたずらしちゃダメでしょ!」

ミーナの注意が完全に逸れた。

彼女は俺を背中に乗せると、フェンを追いかけて洞窟の外へと飛び出していった。

「……ふぅ。危機一髪ニアミスだったな」

数時間後。

ミーナが仕留めてきた獲物の解体に夢中になっている隙に、俺はフェンと合流した。

廃棄場の裏。俺たちは戦利品である「新鮮な肉」を分け合いながら、作戦の成功を祝った。

フェンは「してやったり」という顔で、俺の手に頭を擦り付けてくる。

「フェン、お前の機動戦モビリティには助けられた。……だが、今回の件で分かった。拠点の隠蔽カモフラージュが甘すぎる。次はスライムの粘液を使って、匂いを遮断する気密容器を作らなきゃな」

俺は干し肉を噛み締めながら、手元の羊皮紙くすねてきたものに改善案を書き留めた。

5歳の体で、世界最高の軍事組織を再建するのは、想像以上に困難だ。

何より、この「母親の愛」という名の包囲網を突破するのが、帝国の魔導騎士団を相手にするより難しい。

「ハヤト! フェン! デザートの蜂蜜があるわよ、戻ってきなさい!」

遠くから響くミーナの呼声。

俺は急いで羊皮紙を隠し、表情を「5歳の幼児」へと切り替えた。

(……了解、マザー。直ちに帰還する)

俺はフェンの頭をひと撫でし、夕焼けに染まる集落へと駆け出した。

腰に忍ばせた黒曜石のナイフが、チャリリと小さな音を立てた。

それは、地底の王を目指す元帥の、あまりにも平和で、そしてあまりにも綱渡りな日常の一幕だった。

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