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銀狼(シルバーファング) 〜牙なき仔狼の異世界戦記〜  作者: beens
第1章:牙なき潜伏者

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第3話:最初の実戦(キルゾーン)

 その日の午後、ダンジョンの空気が変わった。

俺は広場の隅で、いつものように訓練の後片付けをしていた。

だが、何かがおかしい。

いつもなら絶え間なく聞こえる、下層からの魔物の鳴き声がピタリと止んでいる。風が凪ぎ、湿った空気が肌にまとわりつくような静寂。

(……気圧の変化なし。だが、この「匂い」は……)

鼻を突く、強烈なオゾン臭と、焦げた獣脂の臭い。

隣にいたフェンが、短く「グルゥ」と喉を鳴らし、全身の毛を逆立てた。彼も感じ取っている。

「……来るぞ。伏せろ、フェン」

俺が囁いた次の瞬間だった。

ドォォォォンッ!!

集落を囲む防壁の一部が、爆音とともに内側へ弾け飛んだ。

舞い上がる土煙。飛び散る巨大な岩の破片。

その向こうから現れたのは、銀狼族の戦士たちすら警戒する「重戦車」だった。

「グオォォォォォッ!!」

体長4メートル超。全身が鋼鉄のように硬い剛毛と、岩盤質の甲殻に覆われた巨大な猪――「鉄剛猪アイアン・ボア」だ。

迷い込んだのか、何かに追われたのか。狂乱状態の怪物は、真っ直ぐに広場の中心部へ突進を開始した。

「敵襲! 若い衆を守れ! 戦士団、前へ!」

族長ガザックの怒号が轟く。成体の戦士たちが即座に迎撃態勢に入る。

だが、ボアの突進速度は速すぎた。

「どけ! 俺がやる!」

その時、功名心に駆られたバランが、制止を聞かずに飛び出した。

「未来の族長」としての力を誇示する絶好の機会だと思ったのだろう。数匹の取り巻きを引き連れ、真正面からボアに挑みかかる。

「馬鹿が……。あれは『動く要塞』だぞ」

俺は冷静に分析した。バランたちの爪では、あの装甲は貫けない。

案の定、バランの体当たりはボアの鼻先で軽くあしらわれた。

バランスを崩し、無様に転がるバラン。その目の前に、ボアの巨大な蹄と、槍のような牙が迫る。

「ひっ……!?」

バランの顔が恐怖で歪む。腰が抜け、動けない。

成体の戦士たちが駆けつけるには、あと数秒足りない。

(……死ぬな)

俺の脳内クロックが加速する。

バランが死んでも俺は困らない。だが、ここで奴が「牙無しの罠」に助けられたという事実は、将来的に強力なカードになる。

「……フェン、プランBだ。右翼へ回れ。奴の気を引け」

俺は短く命じ、隠し持っていた短弓を展開した。

フェンが弾かれたように飛び出す。足は悪いが、その動きは影のように静かだ。

「ギャウッ! ギャウッ!」

フェンがボアの死角から吠え、小石を投げつける。

単純な陽動だが、狂乱した獣には効果てきめんだった。ボアの注意がバランから逸れ、小さなフェンに向く。

「ブギィィッ!」

ボアが方向転換し、フェンを踏み潰そうと加速する。

その進路上――それこそが、俺が数日かけて広場の掃除を装いながら仕込んでいた「場所」だった。

(……距離30、速度の乗った突進。座標よし。……今だ、踏み抜け)

俺が心の中でカウントダウンした瞬間。

ズボォッ!

ボアの前足が、不自然に地面に沈み込んだ。

俺が土をほぐし、脆い枝葉で蓋をしておいた直径50センチの落とし穴。

深さは膝下程度だが、この重量と速度で片足を取られれば、どうなるか。

バキィィン!

嫌な音が響き、ボアの巨体が前のめりに転倒した。自重と運動エネルギーが、自らの前足をへし折ったのだ。

「ブギィィィィッ!!?」

苦悶の絶叫を上げ、のたうち回る怪物。

その隙を見逃すほど、俺は優しくない。

俺は物陰から滑り出し、膝をついて短弓を構えた。

狙うは一点。鋼鉄の装甲に覆われていない唯一の弱点――眼球。

(風速微弱。距離15メートル。……必中クリーン・ヒットだ)

ヒュッ。

放たれた黒曜石の矢は、吸い込まれるようにボアの左目に突き刺さった。

「グオォォォッ!!」

視界を奪われ、さらに矢に塗った麻痺毒が回り始めたボアの動きが鈍る。

そこに、ようやく追いついたガザックの巨大な影が落ちた。

「未熟者どもがぁっ!!」

ガザックの怒りの一撃が、ボアの頭蓋骨を粉砕した。

ドォォン……と地響きを立てて、怪物が完全に沈黙する。

広場に、再び静寂が戻った。

腰を抜かしたままのバランが、信じられないものを見る目で、ボアの死骸と、その向こうに立つ俺を交互に見ていた。

俺は表情一つ変えず、弓を背中に隠すと、再び「雑用係」の顔に戻って片付けを再開した。

ただ、その手は震えていた。

5歳の肉体での初陣。恐怖ではない。これは、前世で何度も味わった「生存の興奮」だ。

(……見たか、毛むくじゃらども。これが『戦術』だ)

俺は泥にまみれた顔で、誰にも気づかれないように、小さく笑った。

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