第38話:多種族連合(グランド・アライアンス)
アウレリウスの自滅という衝撃的な報せは、大陸中を駆け巡った。それは単なる軍事的な敗北ではなく、「不敗の皇帝レオ」という神話が崩壊した瞬間だった。
数日後。迷宮アビス・ネーションの第一階層にある巨大ホールには、かつてない光景が広がっていた。
ハヤトを囲むように並んでいるのは、リザードマンや銀狼族だけではない。美しい緑の衣を纏ったエルフの長老、厳めしい革鎧に身を包んだ山岳ドワーフの族長、さらには帝都の弾圧から逃れてきた人間の商工会代表までもが集結していた。
「……信じがたい。あの暴虐の巨神を、これほどの小規模な部隊で無力化してみせるとは」
エルフの長老が、細い指でテーブルに置かれたアウレリウスの残骸写真――サキが撮影したデータ――をなぞる。
「我ら森の民は、帝国の焦土作戦に怯え、ただ枯れゆくのを待つのみであった。だが、ハヤト殿。貴殿の戦いには、我々の知らぬ『理』がある」
ハヤトは椅子から立ち上がり、集まった代表者たちを見渡した。彼の隣には、帝都から亡命してきたばかりの少女、サキが所在なげに、しかし鋭い眼光を保ったまま座っている。
「俺たちがここに集まったのは、仲良しグループを作るためじゃない。……生き残るためだ。レオは今、自尊心をズタズタにされ、冷静さを失っている。次に来るのは、合理的な征服ではなく、感情に任せた『消去』だ」
ハヤトはホログラムを操作し、帝国の兵站ルートが赤く点滅する地図を表示した。
「エルフは森の隠密性を活かし、帝国の通信網(伝令)を遮断してくれ。ドワーフはリッカと共に、この迷宮の生産ラインを拡張し、共通規格の武器を増産する。人間たちは帝都に残る知人を介して、揺らぐ民心をさらに煽ってほしい。……バラバラに戦えば、俺たちはレオの火器に焼かれる。だが、一つの『軍隊』として機能すれば、帝国そのものを兵糧攻めにできる」
「だが、ハヤトよ」
ドワーフの族長が、太い腕を組んで問いかける。
「我らが力を貸したとして、その後はどうなる? 帝国を倒した後に、貴殿が新たな皇帝として君臨するだけなら、主が変わるだけではないか」
ハヤトは静かに首を振った。
「俺に王座はいらない。俺が欲しいのは、誰もが自分たちの『庭』を荒らされずに済む、相互確証破壊に基づいた平和だ。……この迷宮を、世界の『調整役』にする。どの国も、他国を侵略すれば迷宮の『鉄の牙』がその喉元を噛み切る。そうした抑止力の上に成り立つ連合だ」
その冷徹なまでの現実主義に、会場が静まり返る。それは理想論ではなく、軍師として導き出した「最も犠牲の少ない統治形態」だった。
一歩前に出たのは、リザードマンのザルガスだった。
「我らリザードマンは、この男の言葉を信じる。……我らはかつて泥沼にいたが、今は鉄の皮膚(装甲車)と、誇りある役割を与えられた。皆も、その目で確かめるがいい」
ザルガスの言葉に背を押されるように、各族長たちが次々とハヤトに右手を差し出した。
会談が成立し、多種族連合――「アビス連邦」が産声を上げたその時、サキがハヤトの袖を強く引いた。
『ハヤト、まずいよ……。レオが「システム」の深層権限を強引に開放した。……彼、自分の体に魔導チップを直接埋め込んで、思考速度を物理的に引き上げてる。それだけじゃない。帝都の地下にある「禁忌の炉」に、膨大な魔力が集束し始めたわ』
ハヤトの表情が険しくなる。
「……なりふり構わず、最終兵器の『魔導爆弾』に手を付けたか。レオめ、世界を道連れにするつもりか」
「ハヤト、どうするの?」
リッカが不安げに問う。
「……交渉の時間は終わった。連邦の初仕事は、『帝都への電撃強襲』だ。……全軍、出撃準備。レオがボタンを押す前に、その指を切り落とす」
深淵から湧き上がった小さな炎は、今や大陸を包む巨大なうねりとなり、最後の決戦の地である帝都オーランディアへと向かおうとしていた。
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