第37話:陽炎の審判(システム・ハック)
帝都の空が、不自然なほどの「熱」で歪んでいた。
新皇帝レオは、帝国内部に広がる不穏な空気を一掃するため、外交という選択肢を完全に焼き捨てた。彼が用意したのは、転生者の知識と帝国の魔導技術の結晶――超長距離魔導加農砲を搭載した、自立型巨大機甲兵「アウレリウス」である。
「……ハヤト。お前の小細工など、この圧倒的な出力の前では無意味だ。盤面が腐っているなら、盤ごと灰にすればいい」
レオの冷徹な号令と共に、アウレリウスの巨大な砲身が、地平線の彼方にある「ユグドラシル」の山脈へと向けられた。その照準は、迷宮の生命線である通気孔と、第一階層の入り口を正確に捉えている。
アビス・ネーションの司令室。モニターには、衛星軌道並みの高度から送り込まれた偵察映像が、帝国の最終兵器の姿を映し出していた。
「……出力、計測不能! 奴、本気で山を一つ消すつもりだよ!」
リッカが制御パネルを叩きながら叫ぶ。
「装甲車(鋼鉄狼)じゃあいつの射程外だ。近づく前に蒸発させられる。……サキ、準備はいいか」
ハヤトがインカム越しに問いかけると、帝都の深層ネットワークに潜伏する少女、サキの声が返ってきた。
『……ええ。レオは自分が完璧だと信じ込んでいる。だからこそ、システムに「例外処理」を混ぜるだけで、あの巨大な化け物は自分の重さに耐えられなくなる』
サキの指先が、帝国の魔導演算ネットワークの深部をかき乱す。ハヤトは、彼女がこじ開けたわずかな「隙間」へ、ピピを通じて自らの戦術コードを流し込んだ。
アウレリウスの砲身が、太陽のような輝きを帯びる。発射まであと数秒。
だが、レオがトリガーを引こうとしたその瞬間、機体のコックピットに無数の「警告赤灯」が点灯した。
「……何だと? 冷却システムの反転……自己破壊シーケンスだと!?」
『ごめんね、陛下。あなたの設計図は綺麗すぎる。……だから、少しだけ「ノイズ」を混ぜさせてもらったわ』
サキの介入により、アウレリウスの魔導回路が暴走を開始した。本来、外へ放たれるはずの膨大なエネルギーが、機体内部へと逆流する。
「今だ、バラン! 全機、最大加速!」
ハヤトの号令。迷宮の入り口から、三台の「鋼鉄狼」が飛び出した。彼らの目的は敵の殲滅ではない。暴走し、動きを止めた「アウレリウス」の足元にある、魔力供給ケーブルの切断だ。
――カカカカァンッ!!
バランたちの正確な射撃が、過負荷で白熱していた供給ケーブルを撃ち抜いた。
行き場を失った魔力が、アウレリウスの足元で大爆発を引き起こす。黄金の巨神は、一度もその自慢の砲火を放つことなく、砂塵を上げてその場に膝をついた。
「……ハヤトォォッ!!」
レオの怒声が、爆炎の向こうから響く。
ハヤトは装甲車のハッチから身を乗り出し、通信機越しに静かに、しかし冷酷に告げた。
「レオ。お前の『暴力』は、単なる物理現象だ。だが、俺たちの『連帯』はシステムそのものを書き換える。……お前の時代は、ここで足踏みしてろ」
最強の兵器による「焼き払い作戦」は、一人の少女のハッキングと、一発の狙撃によって、無惨な失敗に終わった。
帝国の権威は失墜した。最強の兵器が「自滅」したというニュースは、サキの手によって帝国の全通信網に流され、レジスタンスの火に油を注いだ。
司令室に戻ったハヤトに、リッカが安堵の息を漏らす。
「……生きた心地がしなかったよ。でも、これで少しは静かになるかな?」
「いや。追い詰められた獣は、より残酷な手段を選ぶ。……レオは今、システムそのものを物理的に破壊する方法を探しているはずだ」
ハヤトは、暗くなったモニターを見つめた。
そこには、自分とレオの「転生データ」が、今も不気味に明滅していた。
「……サキ、お前もこっちへ来い。帝都はもう、お前にとって安全な場所じゃない」
『……分かった。荷物は、このキーボード一つだけ持っていくわ』
新たな仲間、そして帝国の焦り。
「アビス・ネーション」は、いよいよ帝国を「受けて立つ」存在から、世界を「作り変える」主導権を握り始めていた。
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