第36話:見えざる戦線(インビジブル・ハンド)
迷宮が「要塞国家アビス・ネーション」を名乗ったその日から、ハヤトの戦いは「戦術」から「政略」へと次元を変えた。
レオが率いる帝国の機械化軍を正面から叩き潰すだけでは、システムの筋書き通り「最強の兵器」が完成するだけだ。ハヤトが選んだのは、帝国の内側からその「神経」を麻痺させる、目に見えない情報の戦争だった。
「……ピピ、帝都の『第8放送局』のバックドアは開いているか?」
『プピッ。完了しています、ハヤト様。旧来の魔法通信網を、リッカ様が作った『パケット変換機』でバイパスしました。帝国軍の検閲をすり抜けて、全土に信号を送れます』
ハヤトは、暗い司令室の中でホログラムに浮かび上がる帝都の地図を見つめていた。そこには、レオの強引な改革によって居場所を失った「負の遺産」たちが点在している。
その夜。帝都の下水道、汚水と異臭が漂う一角で、数人の男女が小箱を囲んでいた。
彼らは「青い薔薇」――レオの独裁に反旗を翻す、元貴族や兵士たちで構成されたレジスタンスだ。
「……何だ、この箱は。急に『迷宮の主』から通信があるなんて」
男が疑わしげに箱を叩こうとした瞬間、空中に青い光が走り、ハヤトの姿が投影された。
『驚かせてすまない。帝都の「良心」を保つ諸君に、ビジネスの話がしたくてね』
「迷宮の化け物が、我らに何の用だ?」
『レオは、君たちの家族を「効率」という名の下に工場へ送り、君たちの誇りを「旧時代の遺物」として踏みにじった。……俺が提供するのは、あいつの首を取るための「情報」と、誰にも捕捉されない「武器」だ』
ハヤトは、最新の「二式小銃」の設計図と、帝国軍の兵站の脆弱性を記したデータを送信した。
『この世界を救うなんて綺麗なことは言わない。だが、レオの「永遠の戦場」を終わらせたいなら、俺の「手」になれ。……報酬は、帝国が崩壊した後の「新たな秩序」だ』
ハヤトの謀略はそれだけに留まらない。彼はピピの広域スキャンにより、帝国軍の心臓部にもう一人、異質な「魂の波動」を持つ存在を特定していた。
帝国の「魔導演算局」に軟禁されている少女、サキ。
彼女は前世で「情報解析」のエキスパートだった転生者だ。レオにその能力を徴用され、迷宮攻略のためのシミュレーションを強要されていた。
ハヤトは、彼女が唯一「自由」になれる仮想空間の深層にメッセージを投げ込んだ。
『――サキ、聞こえるか。君は今、成功確率を計算させられているだろう。だが、その計算式には「バグ」がある』
サキは驚き、虚空を見上げた。
『……ハヤト? あなたも……「あっち」から来たの?』
『ああ。レオの作る 100% の正解に飽きたら、俺と一緒に 1% の「奇跡」を作らないか。……君の演算能力を、帝国のシステムを内側から食い破る「ウイルス」に変えてくれ』
サキの瞳に、絶望ではない「光」が灯った。
ハヤトの仕掛けた種は、瞬く間に帝国内部で芽吹き始めた。
レオが自信満々に発動した「第二次迷宮制圧作戦」の軍令書は、サキの手によって偽造されたデータに書き換えられた。
最前線の兵士たちには、レジスタンスを通じて「ハヤトからの降伏勧告」という名の、あまりにも豊かな迷宮内の生活を映した映像がバラ撒かれた。
「戦わなくていい、ここに来れば食える。……これは戦争じゃない、レオという狂人への『ストライキ』だ」
そのプロパガンダは、鋼鉄の規律で固められていた帝国軍の足元を、確実に腐らせていく。
「……ハヤト、あんたって本当に悪い奴だね」
リッカが隣で呆れたように笑う。
「褒め言葉として受け取っておくよ。……正面からぶつかるのは、敵が完全に崩壊してからだ」
「……数が増えれば、必ず確率は 1 に収束する。レオ、お前が愛した『合理性』で、お前自身を葬り去ってやる」
地底の軍師が放った「情報の弾丸」は、帝国の城壁を音もなく貫き始めていた。
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