第35話:指揮官の残響(ゴースト・イン・ザ・データ)
地上での電撃戦から帰還した「鋼鉄狼」を、迷宮の住民たちは歓喜の咆哮で迎えた。
だが、ハヤトに休息の文字はない。装甲車に付着した泥と硝煙を払い落とす暇もなく、彼はリッカとピピを連れ、第四階層の最深部――「管理者専用区画」へと足を踏み入れていた。
「ハヤト、顔色が悪いよ。さっきの勝利、もっと喜んでもいいのに」
リッカが心配そうに覗き込む。彼女の手には、戦場で回収した帝国の新型魔導チップが握られていた。
「……嫌な予感がするんだ。レオのやり方は、単なる『近代化』じゃない。奴は、この世界の魔法というリソースを、前世の軍事理論で『最適化』しすぎている。まるであらかじめ、そうするためのテンプレートが用意されているみたいに」
ハヤトが管理端末に手を触れると、ピピが端末の深層へとダイブした。
『プピッ……! ハヤト様、深層ログへのアクセスに成功しました。……これは、ただの工場記録ではありません。「被召喚者(転生者)適合データ」というファイルが存在します』
モニターに映し出されたのは、数千年前の古代語……ではなく、ハヤトが嫌というほど見慣れた「軍事用英数字」の羅列だった。
「……嘘だろ」
ハヤトの指が震える。
そこには、前世でのハヤトの軍籍番号、そして彼が指揮した最後の戦役「極東紛争」の戦術データが、暗号化されて保存されていた。
『記録:個体名「ハヤト・カナギ」。軍師としての戦略的思考、並びに冷徹な意思決定能力を評価。――迷宮防衛システム「ユグドラシル」のメインOSとしての移植に失敗。代替案として、魂の再構成(転生)を選択する』
「……どういうこと? ハヤトの昔のデータが、なんでこの迷宮にあるの?」
リッカが絶句する。
「……この迷宮を作った奴らは、最初から『最強の防衛システム』を求めていたんだ。そのための『部品』として、異世界の優秀な指揮官の魂をかき集めた。……俺やレオは、この世界を救うために呼ばれたんじゃない。この迷宮という『兵器』を完成させるための、生きたプログラムとして呼ばれたんだ」
ピピがさらにデータをスクロールする。
そこには、ハヤトのデータと対をなすように、もう一つの軍籍番号が並んでいた。
『個体名「レオナルド・エヴァンズ」。攻撃的制圧、並びに大規模破壊戦術に特化。「侵略側」のOS候補として転生を実行』
ハヤトはすべてを理解した。
なぜレオが迷宮を攻め、ハヤトが迷宮を守るのか。
それは、この世界の神か、あるいは古代の管理者が仕組んだ「最強の兵器を決めるための最終テスト」だったのだ。
「……俺たちが戦えば戦うほど、迷宮と帝国の技術は融合し、洗練されていく。そして最後には、世界を支配、あるいは滅ぼすほどの『完成された暴力』が生まれる。それがこのシステムの目的だ」
「そんな……じゃあ、私たちが頑張って作った装甲車も、全部あいつらの計画通りなの?」
リッカの声が震える。
ハヤトは静かに拳を握りしめ、管理端末の画面を叩き消した。
「……ああ。だが、一つだけ奴らの計算違いがある。俺は、自分を『プログラム』だと思ったことは一度もない」
ハヤトは振り返り、リッカ、そして端末の中で震えるピピを真っ直ぐに見つめた。
「俺は、俺を信じてついてきた銀狼族やリザードマン、そしてドワーフの少女を守るために戦っている。……システムのための戦争じゃない。俺たちの『生』のための戦争だ。……レオがシステムに従って侵略してくるなら、俺はシステムそのものを叩き壊して、あいつを地獄へ連れて行く」
ハヤトは再び端末に手を置き、ピピを通じて「全階層」へ緊急命令を発信した。
「全ユニットに告ぐ。これより本拠点は『迷宮』の名称を廃止する。……ここは本日より、独立要塞国家『アビス・ネーション』。俺たちは、神の筋書きを拒絶する」
その瞬間、第四階層の奥底から、これまでとは異なる「金色の光」が溢れ出した。
ハヤトの「意志」が、システムの強制書き換え(オーバーライド)を開始したのだ。
地上では、新皇帝となったレオが、空を見上げて不敵に笑っていた。
彼の目の前にも、同じような「システム」の通知が届いているはずだ。
「……ハヤト。お前なら、そう来ると思っていたよ。……いいだろう、どちらが『完成品』か、この世界を焦土にして決めようじゃないか」
地上の破壊神と、地底の守護神。
二人の宿命は、個人の怨恨を超え、世界の理を懸けた最終決戦へと加速していく。
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