第33話:深淵の工廠(アーマード・レボリューション)
第四階層の氷河の底に眠っていたのは、巨大な「空洞」ではなく、整然と並んだ鋼鉄の「器官」だった。
リッカが認証水晶を介してシステムを再起動させると、数百年止まっていた巨大な歯車が、重厚な金属音を立てて噛み合い始めた。氷を砕き、蒸気が噴き出し、溝に沿って琥珀色の魔力液が脈動するように流れ出す。
「……信じられない。これ、全部が生きてる。お父さんの工房の数万倍の規模だよ、ハヤト!」
リッカは狂喜乱舞しながら、巨大な自動旋盤やプレス機の間を駆け抜けた。そこは、失われた古代ドワーフの叡智と、迷宮の自己増殖機能が融合した『自動生産プラント・アビスフォージ』だった。
ハヤトは管理用コンソールにピピを接続し、投影された生産ラインの「仕様書」をめくった。
「……基本設計は『魔導ゴーレム』か。だが、これでは遅すぎるし、コストも高い。レオの数攻めに対抗するには、もっと効率的で、かつ『汎用性』のある兵器が必要だ」
「ハヤト、何か考えてるの?」
「ああ。リッカ、このプラントの『自動鋳造ライン』を書き換える。人型である必要はない。……必要なのは、強固な装甲、不整地破砕走破能力、そして圧倒的な火力投射機能だ」
ハヤトは前世の記憶から、一つの傑作車両の図面を脳内で構築し、ピピを通じてシステムへ流し込んだ。
数日後。工廠の最終組み立てラインから、地響きと共に「それ」が姿を現した。
それは、この世界に存在するどの魔導具とも異なっていた。
四つの巨大な魔導駆動輪を備え、低く構えた傾斜装甲は敵の魔法を逸らすように設計されている。車体上部には、リッカが調整した連装式魔導機関砲が搭載されていた。
「魔導装甲車(IFV)一式・鋼鉄狼」
「……これに、俺たちが乗るのか?」
ザルガスが、その無骨な鉄の塊に触れ、畏怖を込めて呟いた。
「そうだ。ザルガス、あんたたちリザードマンがこの『鉄の皮膚』の中に入る。これまでの徒歩での行軍とはおさらばだ。こいつは時速60kmで氷原を駆け抜け、正面の装甲は並の爆裂魔法なら無傷で耐える」
ハヤトは車体に飛び乗り、ハッチを開けた。内部はピピの粘液による衝撃吸収材で満たされ、リッカが作り上げた「戦術データリンク」のモニターが緑色の光を放っている。
「バラン、お前たち遊撃隊はこの車両を『動く盾』として運用しろ。歩兵と車両が密接に連携する『機甲戦術』。これが、地上でレオが作っているであろう軍隊への、俺たちの回答だ」
プラントの再起動は、武器だけでなく「生活」も一変させた。
古代ドワーフの生産ラインは、精密な医療器具や、栄養価の高い合成食料、果ては清潔な衣類までも量産し始めたのだ。
「……ハヤト、これなら本当に『国』ができるよ」
リッカが、完成したばかりの耐熱・防弾繊維の制服を抱えて笑う。
「ああ。だが、豊かさは敵を呼び寄せる。……レオはもう、偵察部隊を失ったことを把握しているはずだ。次に来るのは、偵察じゃない。更地にするための掃討部隊だ」
ハヤトは、新しく量産された「二式自動小銃」を手に取り、暗い通路の先を見つめた。
今や、ハヤトの手の中には、かつての「里」では考えられなかったほどの軍事力が蓄えられつつある。
だが、地上のレオも止まってはいない。
帝国の空には、ハヤトがかつて見た「あの兵器」に酷似した影が、編隊を組んで現れようとしていた。
「準備を急げ。……深淵の独立国家が最初に迎えるのは、建国記念日じゃない。総力戦の初日だ」
ハヤトの号令と共に、完成したばかりの「鋼鉄狼」が、重低音の排気音を鳴らしながら凍土の回廊へと出撃していった。
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