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銀狼(シルバーファング) 〜牙なき仔狼の異世界戦記〜  作者: beens
第1章:牙なき潜伏者

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第32話:凍てつく遺産(フローズン・レガシー)

 第三階層の熱帯じみた湿気が、分厚い防壁扉を境に一瞬で凍りついた。

扉の向こうに広がっていたのは、見渡す限りの白銀――第四階層「凍土の回廊」である。

「……ハ、ハヤト。これ、笑えないくらい寒いんだけど……!」

リッカが歯をガチガチと鳴らしながら、自らの肩を抱く。吐き出す息は即座に白く凍り、まつ毛には霜が降り始めた。

地底とは思えぬ広大な氷河。天井からは巨大な氷柱がシャンデリアのように垂れ下がり、足元の氷は深淵の闇を反射して青黒く沈んでいる。

「ピピ、熱管理サーマル・マネジメントを開始しろ。リッカ、これを着ろ。銀狼族とリザードマンにも配布済みだ」

ハヤトが差し出したのは、ドリアードから提供された耐寒性の高い植物繊維と、ピピの粘液を合成して作った「極地用タクティカル・パーカ」だ。

『プピッ。内部温度、22.5°Cに固定。ハヤト様、この階層の平均気温は-25℃です。長時間滞在は装備なしでは数分で心停止に至ります』

「-25℃か。……冬のシベリアよりはマシだな」

ハヤトは冷徹に周囲を警戒する。帝国軍でさえ、この極寒の環境下では重機も魔法も性能を著しく低下させるはずだ。だが、それはハヤトたちにとっても同じことだった。

 一行は慎重に、氷の渓谷を縫うように進んだ。

進むにつれ、氷の中に「埋もれた構造物」が姿を現し始める。それは石造りではなく、鈍く輝く魔導金属で組まれた、幾何学的な建造物の残骸だった。

「……待って。この組み方、お父さんの古い設計図で見たことがある」

リッカが震える手で、氷に覆われた金属の柱に触れた。

彼女の指先が触れた瞬間、柱に刻まれた古い紋章が、呼応するように淡い琥珀色の光を放った。

「ドワーフの『剛鉄ごうてつ流』……。もう数百年前に途絶えたはずの、私の家系の始祖が使っていた建築技法だよ」

「リッカ、お前の家系はこの迷宮と繋がりがあるのか?」

ハヤトの問いに、リッカは複雑な表情で頷いた。

「家系図の端っこに書いてあったの。『我らの魂、深淵の凍土に眠る』って。ただの御伽話だと思ってたけど……」

その時だった。

氷河の壁が激しく砕け散り、中から「音もなく」巨大な影が飛び出した。

「総員、散開ブレイク!!」

ハヤトの声と同時に、一行は左右に飛び退いた。

現れたのは、生物ではない。

全身を白銀の装甲で包んだ、ドワーフを模した人型の「自動防衛機械オートマタ」だ。その手には超低温の魔力を纏った大斧が握られ、床を薙ぐたびに周囲の空気が凍りついていく。

「ピピ、スキャン! 魔物か!?」

『いいえ、ハヤト様! 生命反応ゼロ! 完全に自律制御された防御プログラムです。出力、これまでのボスクラスに匹敵します!』

銀狼族の若手が放った「一式小銃」の弾丸が、オートマタの装甲に当たって虚しく跳ね返った。

極寒で硬化した金属は、通常の鉛弾では傷一つつけられない。

「バラン、撃つな! 弾の無駄だ! ザルガス、盾を構えろ。ただし接触時間は一秒以内だ、斧に触れれば盾ごと凍らされるぞ!」

ハヤトは冷静に状況を分析する。

相手は「かつてのドワーフが遺した守護者」。

そして、この場にはその末裔がいる。

「リッカ! そのオートマタの関節にある『認証水晶』が見えるか? お前の魔力なら、そいつの動きを一時的に上書き(オーバーライド)できるはずだ!」

「やってみる……! でも、近づかないと……!」

「俺が道を作る。……ピピ、銃身に熱線サーマル・ビームを集約しろ。一瞬だけ装甲を溶かす!」

 ハヤトは「零式・深淵」を構え、オートマタの膝裏へと正確な一撃を放った。

高熱を帯びた弾丸が氷の装甲を蒸発させ、一瞬だけ隙を作る。

「今だ、行けッ!」

ハヤトの背中を蹴り飛ばすようにして、リッカが飛び出した。

彼女はドワーフ特有の頑強な脚で氷を蹴り、オートマタの懐へと潜り込む。

「……目覚めて、おじいさんたちの遺産! 私はリッカ、正当なる血の後継者だよ!」

リッカの掌が、オートマタの胸部にある水晶に触れた。

バチッ、という激しい魔力の火花が散り、オートマタの赤いモノアイが激しく点滅する。

数秒の静寂の後、白銀の巨人は振り上げた大斧をゆっくりと下ろし、その場に跪いた。

吹き荒れていた猛吹雪が、嘘のように止む。

『……認証完了。第百四代・正当後継者を確認。……「工廠こうしょう階層」への立ち入りを許可します』

機械的な音声が回廊に響き、リッカは腰を抜かすようにその場に座り込んだ。

「……ハ、ハヤト。これ、凄いよ。この下……第四階層の奥にあるのは、ただの氷河じゃない」

リッカは顔を上げ、興奮で瞳を輝かせた。

「ここは、古代ドワーフが帝国さえも恐れて隠した、究極の『自動生産プラント』だよ。これさえあれば、あんたが欲しがってた『戦車』だって『大砲』だって、全部作れちゃうかもしれない!」

ハヤトは銃を背負い、静かに口角を上げた。

「……レオ。お前が地上の工場でせっせと鉄を叩いている間に、俺たちは『神話の時代の生産力』を手に入れたぞ」

極寒の地底で、ハヤトの軍勢は最強の「生産基盤」を手に入れようとしていた。

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