第30話:碧落の回廊(エメラルド・タクティクス)
第二階層を「不落の要塞」へと作り変えたハヤトたちは、さらなる深淵――第三階層へと足を踏み入れた。
重厚な石の扉がスライドして開いた瞬間、一行を襲ったのは、むせ返るような命の奔流だった。冷徹な石と鉄の世界から一転、そこには地底とは思えぬ広大な「原生林」が広がっていた。
「……これが、第三階層? 嘘でしょ、空が見える……」
リッカが呆然と呟く。見上げるほど高い天井には、発光する巨大な苔や水晶が星空のように散らばり、擬似的な昼夜を作り出している。湿度は高く、腐葉土の匂いと、嗅いだこともない芳醇な花の香りが混じり合っていた。
「油断するな。……ピピ、生体反応をスキャンしろ」
『プピッ。ハヤト様、至る所に反応があります。ですが……どれも『植物』と区別がつきません』
ハヤトは「零式・深淵」のセーフティを解除し、低く構えた。
背後では、リザードマンの重装歩兵と銀狼族の遊撃隊が、互いの死角を補いながら周囲を警戒する。この階層は、視界を遮る巨大な樹木と蔦が密集する「ジャングル戦」の戦場だ。
ジャングルの奥へ進むにつれ、森の「意志」が牙を剥き始めた。
音もなく頭上から降りてくる肉食植物。足を絡め取ろうとする自律型の蔦。しかし、それらはハヤトの指示による正確な射撃と、銀狼族の鋭い爪によって排除されていく。
だが、ハヤトは気づいていた。
自分たちが進む道筋が、まるで誘導されているかのように、少しずつ「森の深部」へと絞られていることに。
「……止まれ。包囲されている」
ハヤトが拳を上げると、隊列が一瞬で停止した。
直後、周囲の巨木たちの表面が波打ち、そこから「人」の形をした何かが染み出すように現れた。
透き通るような緑の肌。髪の代わりに柔らかな木の葉を纏い、瞳は新緑の輝きを放っている。この迷宮の生態系を司る種族――ドリアード(木霊)だ。
「……鉄を担ぎし異邦の王よ。これ以上の侵入は、森の静寂を穢すものなり」
一際巨大な古木から、年老いた、だが鈴を転がすような美しい声が響いた。ドリアードの長だ。彼女たちの周囲では、森そのものが意思を持っているかのように、鋭いトゲを持つ蔦がうねり、ハヤトたちを威嚇している。
バランたちが銃口を向けようとするのを、ハヤトは手で制した。
「俺は破壊に来たわけじゃない。……ドリアードの長よ。俺たちはこの階層を制圧し、上階から迫る『帝国の鉄』を食い止める壁を作りに来た」
「鉄は森を焼き、土を汚す。貴殿らもまた、その鉄を手にしているではないか」
ドリアードの言葉は鋭い。ハヤトは「零式」をゆっくりと背中に戻し、一歩前に出た。
「これは毒を以て毒を制するための力だ。……あんたたちに提案がある。この広大な原生林を、俺たちの『兵站拠点』として提供してほしい。代わりに、俺の知識とこの迷宮の管理権限を使って、あんたたちの森を帝国の戦火から永久に保護することを約束する」
「保護だと? この森をか?」
「帝国は近いうち、この迷宮を焼き払いに来る。彼らの魔導兵器は、あんたたちが守ってきたこの生態系を数日で灰にするだろう。……だが、俺たちと手を組めば、この森そのものを『見えない罠』に変えられる。あんたたちの植物の知識を、俺の軍事戦術に貸してくれ。毒、薬草、カモフラージュ……それらはどんな弾丸よりも恐ろしい武器になる」
ハヤトはピピを通じて、管理端末から引き出した「将来の帝国軍侵攻シミュレーション」を空中に投影した。炎に包まれる森の映像に、ドリアードたちがざわめく。
「……我らは、戦いを知らぬ」
「戦い方は俺が教える。あんたたちは、ただ『森であり続ける』だけでいい。……帝国を、この深い緑の胃袋で消化してやるんだ」
ハヤトの瞳に宿る、冷徹かつ合理的な「共存」の提案。
それは、力による支配ではなく、互いの利害を一致させる現代的な同盟の誘いだった。
長い沈黙の後、ドリアードの長はゆっくりと杖を地面に突いた。
瞬時に、ハヤトたちの足を縛っていた蔦が解け、代わりに道を示すように左右へ割れた。
「……よかろう、異邦の王。森の息吹を貴殿の『牙』に添えよう。その代わり、最後の一木まで守り抜くと誓え」
「ああ。誓おう。……ここは、帝国軍にとって最悪の『地獄の密林』になる」
こうして、ハヤトの軍勢に「医療」と「隠密」、そして「化学戦」を司るドリアードが加わった。
迷宮第三階層は、もはや単なる森ではない。
ハヤトの手によって、一歩踏み込めば二度と戻れない、生きた「バイオ要塞」へと変貌を遂げようとしていた。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!




