第29話:鉄と牙の洗礼(キル・ゾーン)
迷宮第一階層、入り口から続く広大な回廊。かつては静寂が支配していたその場所に、重厚な金属音と規則正しい軍靴の音が反響していた。
レオ直属の「実験師団」先遣隊、約二百名。
彼らは全身を最新の魔導軽量鎧で固め、手には転生者の知識で改良された「魔導滑腔銃」を携えている。指揮を執るバルトス少佐は、冷徹な笑みを浮かべて暗闇を見据えていた。
「フン、所詮は亜人の逃げ込んだ穴倉だ。最新の火器を前に、どれほど原始的な牙を剥こうが無駄なことよ。……全軍、索敵陣形で前進」
だが、彼らは気づいていなかった。天井の影、岩の隙間、そして床下に至るまで、この迷宮そのものがハヤトという「脳」を得て、巨大な食肉植物へと変貌していることに。
回廊の角を曲がった瞬間、帝国軍の前に数人の銀狼族が姿を現した。彼らは恐怖に顔を歪ませ(演じ)、一発の銃声と共に奥へと逃げ込む。
「逃がすな! 殲滅しろ!」
功名心に駆られた先遣隊が、一本道の直線通路へと崩れ込む。そこは、ハヤトが設定した「キル・ゾーン(殺傷圏)」だった。
「ターゲット、予定地点に進入」
迷宮深部の管理室。ハヤトは青白く光る立体図を見つめ、静かに呟いた。
「……リッカ、起爆(点火)しろ」
「了解! 派手に行くよ!」
帝国兵の足元で、設置されていた「指向性魔導地雷」が一斉に作動した。
ドォォォォン!! という衝撃と共に、数千の魔導鉄片が扇状に放たれ、通路を埋め尽くした帝国兵をなぎ倒す。
「なっ……何事だ!? 魔法陣の予兆もなかったぞ!」
「落ち着け! 陣形を立て直――」
混乱する帝国兵に、さらなる絶望が降り注ぐ。
通路の両脇に設置された隠しスリットから、銀狼族の「一式自衛小銃」による十字砲火が開始されたのだ。
――カカカカァンッ!!
「ぎゃあああッ! どこだ、どこから撃ってきている!?」
帝国軍の魔導銃は、威力が高い代わりに再装填に時間がかかる。対してハヤトが配備した小銃は、リッカの連発機構により、圧倒的な「投射弾数」で敵を制圧する。火を噴く銃口は岩陰に隠され、帝国兵からは射手すら見えない。
「退却だ! 一旦、地上へ引け!」
バルトス少佐の叫びも虚しく、彼らが来た道を振り返ったとき、そこには巨大な鉄壁が立ちはだかっていた。
リザードマンの重装歩兵連隊。
彼らは迷宮の防衛システムが生成した「可動壁」と連動し、退路を完全に遮断していた。
「……ここから先は、一歩も通さん」
ザルガスの重厚な声が響く。帝国兵が死に物狂いで放った魔導弾を、リッカが衝撃分散加工を施した大盾が、火花と共に弾き返す。
「バラン、仕上げだ。指揮官を狙え」
通信用のピピを通じ、ハヤトの冷徹な命令が下る。
高所の狙撃ポイントにいたバランが、息を止め、引き金を絞った。
――カァァァンッ!!
音速の弾丸がバルトス少佐の眉間を貫き、兜を吹き飛ばす。指揮官を失った帝国兵たちは、パニックに陥り、暗闇の中に潜む「見えない死」に次々と飲み込まれていった。
わずか十分。
帝国が誇る「実験師団」の先遣隊は、一人の亜人の死体も拝むことなく、第一階層の冷たい床に転がることとなった。
管理室でその光景を見ていたリッカは、震える手でハヤトを見つめた。
「……ねえ、ハヤト。これじゃあ、戦いっていうより、ただの『処理』だよ」
「これが戦争だ、リッカ。資源を効率よく消費し、目的を最短で達成する。……だが、レオはこれで止まらない。次はもっと『向こう側』に近い兵器を送ってくるはずだ」
ハヤトは画面上の赤い点(敵反応)がすべて消えたのを確認し、次なる階層の防衛プランを練り始めた。
「ザルガス、バラン、よくやった。……死体から武器と弾薬をすべて回収しろ。帝国の最新技術でも、リッカがバラせば貴重な資源になる」
地上の軍隊が深淵の王者に牙を剥いた報いは、あまりにも残酷で、そして絶対的だった。
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