第28話:戴冠する獣(ニュー・オーダー)
帝都オーランディア。白亜の塔が立ち並ぶこの街は、今、冷たい冬の雨と、それ以上に冷徹な「粛清」の炎に包まれていた。
中央議事堂の重厚な扉が、内側から激しく吹き飛んだ。立ち込める煙の中から現れたのは、かつての聖騎士の面影を脱ぎ捨て、黒銀の軍服を纏ったレオだった。彼の足元には、代々の利権を貪ってきた高位貴族たちが、虫のように這いつくばっている。
「……野蛮な! 聖騎士ともあろう者が、このような暴挙、皇帝陛下が黙っては……!」
喉を震わせる公爵の言葉は、最後まで続かなかった。レオが指先をわずかに動かした瞬間、不可視の衝撃波が公爵の喉を正確に潰した。詠唱も、魔法陣の展開もない。ただ純粋な「身体強化」と「格闘術」の極致による、物理法則の暴力だった。
「陛下なら、先ほど隠居を承諾してくださった。これからは、俺がこの国の舵を取る。……無能が血筋だけで支配する時代は、今この瞬間に終わったんだ」
レオは議事堂の中央に置かれた玉座へと歩み寄り、そこに無造作に腰掛けた。彼の背後には、異質な空気を纏った数人の男女が控えている。いずれも帝国が各地から「蒐集」した、ハヤトと同じ異世界の記憶を持つ者たち――『転生者』の将軍たちだ。
「内政賢者、状況を報告しろ」
眼鏡を指先で押し上げた痩身の男が進み出る。彼はこの世界の複雑怪奇な税制と流通を、前世の「マクロ経済学」と「データ管理」でわずか数ヶ月のうちに再編した男だ。
「……はい、新皇帝閣下。旧貴族の資産接収は八割完了。これにより、軍事予算は前年比で四百パーセントの増額が可能です。並行して、魔導技術局による『新型魔導重機』の量産体制も整いました」
「……工廠長はどうだ?」
白衣を羽織り、狂気染みた笑みを浮かべる女が、一枚の羊皮紙を差し出した。そこには、魔石をエネルギー源とした自動歩行兵器や、ハヤトが撃退した爆撃魔導具の改良案が並んでいる。
「最高よ、陛下。ドワーフの旧態依然とした鍛冶なんて、もう必要ないわ。魔法という名の『高効率エネルギー』があれば、私たちはこの世界を数年で近代化できる。……まずは、あの目障りな亜人どもの里から焼き払いましょうか?」
レオはその言葉を聞き、窓の外に広がる帝都の街並みを見据えた。
彼の脳裏には、里の跡地で見つかった「一発の空薬莢」が焼き付いていた。
(……ハヤト。お前は生きている。あの状況から生き延び、俺たちが持ち込んだ知識に、あの一瞬で適応してみせた)
レオの口元が、愉悦に歪む。
彼にとって、この世界の住人は単なるリソースに過ぎない。唯一、自分と対等に盤面を奪い合えるのは、同じ「あっち側」の戦場で地獄を見てきたあの男だけだ。
「全土に通達しろ。……『亜人殲滅令』の発令だ。ただし、標的は里ではない。奴らが逃げ込んだ場所――北の迷宮『ユグドラシル』を、帝国の総力を挙げて包囲・封鎖する」
レオは立ち上がり、腰の剣の柄に手をかけた。
「ハヤト、お前は深淵に逃げ、そこを城にしたつもりだろう。だが、俺が教えたはずだ。現代戦において、逃げ場などどこにもないということを。……お前の『軍帥』としての知識ごと、迷宮を墓標に変えてやる」
その日、帝国は死んだ。
そして、一人の転生者が支配する、合理性と暴力が支配する「魔導機械化帝国」が誕生した。
帝都の広場には、新しく編制された鋼鉄の歩兵連隊が整列し、その軍靴の音が地響きとなって大陸を震わせ始めた。
地上を統べるレオと、深淵を掌握するハヤト。
二人の転生者による、世界の覇権を賭けた「全面戦争」の幕が、ついに上がろうとしていた。
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