第24話:共闘の盟約(コモン・エネミー)
第二階層「巨虫の回廊」の出口は、巨大な地底湖へと続く大空洞に繋がっていた。
湿り気を帯びた空気が頬を撫で、遠くで水が滴る音が反響する。だが、その静寂は長くは続かなかった。
「……フェン、停止」
ハヤトの合図に、銀狼族の若者たちが一斉に膝をつき、銃を構えた。廃都での実戦を経て、彼らの動きには「野生の無駄」が消え、冷徹な「兵士」の規律が宿りつつある。
前方の岩陰から姿を現したのは、鈍く光る鱗に覆われた屈強な戦士たちだった。
身長二メートルを超える巨躯。その手には、重厚な鉄の盾と、鋭い穂先を持つ魔導槍。亜人種の中でもとりわけ戦闘力に長けた種族、リザードマン(トカゲ人)の重装歩兵隊だ。
「……何だ、あの姿は。銀狼族が、妙な鉄の棒を担いでいやがる」
先頭に立つ、一際大きな角を持つリザードマンが、低く濁った声で呟いた。彼らの目は、明らかに敵意と警戒に満ちている。銀狼族の若手・バランが銃床を強く握り直した。
「ハヤト、奴らやる気だ。先に叩くか?」
「待て。無駄な弾丸を使うな」
ハヤトはライフルを背負い、両手を上げてゆっくりと数歩前に出た。
リザードマンたちの槍が一斉にハヤトへ向けられる。その一突きで子供の体など容易く貫通するだろう。だが、ハヤトの瞳に揺らぎはない。
「リザードマンの戦士たちよ。俺たちはこの階層を奪いに来たわけじゃない」
ハヤトは足元に、先ほどの戦闘で撃ち落とした帝国の爆撃魔導具「ガーゴイル・アイ」の残骸を放り投げた。
「これを見ろ。地上では今、帝国という巨大な怪物が、俺たち亜人を根絶やしにするために動き出している。……あんたたちの住処にも、この『空飛ぶ目』が飛んできていないか?」
角を持つリーダー格の男が、不気味に目を細めて残骸を睨んだ。
「……確かに、最近これと同じ鉄の鳥が迷宮を彷徨いている。我らの幼子たちが、その雷に焼かれた」
「奴らは『転生者』という異世界の知識を使い、これまでの魔法の常識を超えた殺戮を始めている。俺たちはそれに対抗するために、この深淵に降りてきた」
ハヤトは背中の「零式」を指し示した。
「俺たちには、空飛ぶ死神を叩き落とす『牙』がある。だがあんたたちのような、揺るぎない『盾』と、この階層の知識が足りない」
「……我らに、銀狼族と手を組めと言うのか? 誇り高き戦士が、人間の子供に顎で使われると?」
リーダーが鼻先で嘲笑う。だが、ハヤトはさらに一歩踏み込んだ。その瞳に宿るのは、戦場を統括する「元帥」の威圧感だ。
「誇りで腹は膨れないし、子供は守れない。……あんたたちの重装歩兵による『壁』と、俺たちの銃火器による『遠距離投射』。これが合わされば、帝国の軍隊がこの回廊に踏み込んできた瞬間、そこを一方的な殺戮場に変えられる」
ハヤトはリザードマンのリーダーに手を差し出した。
「対等な『軍事同盟』だ。共に帝国を地獄へ叩き落とすか、それともここで互いに消耗して、帝国の掃除を楽にしてやるか。……選べ、戦士」
沈黙が空洞を支配する。バランたち銀狼族も、リザードマンの戦士たちも、息を呑んでリーダーの判断を待った。
やがて、角を持つ男は槍を地面に突き立て、ハヤトの手をその巨大な三本の指で握りしめた。
「……いいだろう。貴様の目に嘘はない。俺はリザードマン第三部隊長のザルガス。……我らの『鱗』、貴様の『牙』のために貸してやる」
こうして、歴史上あり得なかった「多種族混成軍」の第一歩が、迷宮の片隅で記された。
「リッカ、忙しくなるぞ。リザードマンの盾に、衝撃吸収の魔導加工を施す必要がある」
「合点承知! ドワーフの鍛冶技術、トカゲの旦那たちに見せつけてやるよ!」
ハヤトは、地底湖の先に広がる更なる深淵を見据えた。
銀狼族の機動力、ドワーフの技術力、そしてリザードマンの防御力。
バラバラだった「駒」が、ハヤトの手によって一つの「軍隊」へと編み上げられていく。
「行くぞ。次の階層にいるボスを『排除』し、そこを俺たちの第一前線要塞(FOB)にする」
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