第23話:未踏の回廊(ライブ・ファイア・ドリル)
中層の湿り気のある土の匂いが消え、代わりに鼻を突くようになったのは、硬い外骨格が擦れる音と、鼻腔を焼くような強烈な酸の臭いだった。
迷宮第二階層、「巨虫の回廊」。
見上げるほど高い天井からは、発光する粘液を滴らせた巨大な糸が垂れ下がり、通路の至る所に直径一メートルはあろうかという巨大な多脚爬虫類の脱皮殻が転がっている。
「……いいか、よく聞け。ここは里の狩場じゃない。視界は十メートル、逃げ場のない一本道だ」
ハヤトは、新しく編成された「銀狼族第1遊撃分隊」の若者たち五人を前に、低く鋭い声で告げた。彼らの手には、リッカが心血を注いで量産した「一式自衛小銃」が握られている。零式ほどの精度はないが、堅牢さと連装性に優れた、この迷宮攻略の主力兵器だ。
「バラン、お前の悪い癖だ。敵が見えた瞬間に牙を剥いて突っ込むな。それではただの肉の壁だ」
「だがハヤト、俺たちの誇りは――」
「誇りで腹は膨れないし、弾も防げない。……フェン、配置につけ」
ハヤトが短く命じると、フェンは音もなく闇に消えた。直後、通路の奥から「ギチギチギチ……」と、硬い顎を打ち鳴らす不気味な音が反響してきた。
「来るぞ。膝をつけ。銃床を肩に食い込ませろ」
闇の中から現れたのは、体長三メートルを超える巨大なムカデ型の魔物「センチピード・ハウンド」だった。無数の節足が石床を掻きむしり、猛烈な速度で突っ込んでくる。
「ハヤト! 奴ら、外殻が岩みたいに硬いぞ!」
若手の一人が悲鳴に近い声を上げる。
「慌てるな。……引き付けて、俺の合図で撃て。一人で狙うな、全員の『火線』を一点に集中させるんだ。これを火網構成と呼ぶ」
センチピードが鎌のような前脚を振り上げ、ハヤトたちに襲いかかろうとしたその瞬間。
「撃て(オープン・ファイア)!!」
――カカカカァンッ!!
狭い回廊に、連続した乾いた銃声が雷鳴のように響き渡った。
一発では弾かれる硬質な外殻も、五人が放つ音速の鉛玉が同じ箇所に集中すれば、耐えられる道理がない。
バキィィッ! という嫌な破壊音と共に、魔物の頭部がザクロのように弾け飛んだ。緑色の体液が壁に飛び散り、巨体が激しくのたうち回りながら沈黙する。
「……ボルトを引け。次弾装填。視線を外すな。一匹いれば、影に十匹はいると思え」
ハヤトの冷徹な指示に従い、若者たちは震える手で薬莢を排出し、次弾を送り込む。金属同士が触れ合うチャキンという音が、彼らの恐怖をわずかに「規律」へと変えていた。
一時間の行軍で、彼らはさらに三体の魔物を仕留めた。かつてなら数人の負傷者を出してようやく仕留めていた強敵を、一人の傷も負わずに、ただ「指先を動かすだけ」で排除したのだ。
「……信じられない。俺たちの爪が届かない距離で、あんな化け物が……」
バランが、自分の手の中にある鉄の塊を、畏怖の眼差しで見つめる。
「これが近代戦だ。個人の勇猛さではなく、組織的な火力が戦場を支配する。……リッカ、弾薬の消耗率は?」
「予定よりちょっと早いかな。でも、ピピが回収した殻から硝石成分を抽出できれば、現地で補充できるよ」
リッカが背負った大きな工具箱を叩きながら笑う。
ハヤトは、硝煙が漂う回廊の先を見つめた。
彼らが目指すのは、さらに深い第三階層。そこには、この迷宮の「生態系」を維持する独自の種族が潜んでいるはずだ。
「休んでいる暇はない。移動だ。……次は、伏兵に対する回避行動を教える」
牙なき元帥のシビアな教育は続く。
それは、原始的な狩人だった銀狼族が、帝国をも震え上がらせる「軍隊」へと脱皮していくための、過酷な儀式でもあった。
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