第19話:鏡像の祭壇(ミラー・オブ・レヴェレイション)
廃都の最深部。そこは、これまでの鉄錆と機械油の匂いが支配する空間とは一線を画していた。
巨大な黒曜石の柱が天を突き、壁一面には青白く発光する魔石の脈動が、まるで巨大な生物の血管のように這っている。中央には、底が見えないほど澄んだ「魔力の泉」があり、その水面は波紋一つなく鏡のように静まり返っていた。
「……ここが、ドワーフの伝承にある『遠見の祭壇』。かつてドワーフの王たちが、世界の理を覗き見た場所だ」
リッカの声が、静寂に波を立てる。ハヤトはライフルを肩にかけ、警戒を解かずに泉の縁へと歩み寄った。ピピがハヤトの足元で不安げに震え、フェンは闇に向かって低く唸っている。
ハヤトが泉に手をかざすと、水面が突如として激しく脈動し、青白い光が空中に「情景」を描き出した。それは機械的な映像ではない。過去の記憶、あるいは遠く離れた場所の思念が、魔力によって形を成す「霊的な残影」だった。
そこに映し出されたのは、帝国の黄金の玉座。そして、その前に膝を突く数人の男女の姿だった。
彼らの装備は、この世界の伝統的な鎧や法衣とは決定的に異なっていた。
(……あの構え、あっちの男が持っている杖の先端……あれは『レンズ』を組み合わせた照準装置か?)
ハヤトの背筋に、冷たい汗が伝わる。
泉が映し出す情景には、レオ(聖騎士)以外にも数人の「異質な魂」がいた。
帝国軍の参謀として、見たこともない複雑な「兵站図」を広げる眼鏡の男。
工房で、ドワーフの技術に「内燃機関」の概念を持ち込もうとしている白衣の女。
そして、彼らを見下ろす帝国の高官が、古びた羊皮紙――「召喚された魂の登録簿」を読み上げていた。
『――第21番目の魂を確認。前世において「農学の知恵」を持つ者を、帝国の「賢者」として遇する。第24番目、レオ。前世の「格闘の精髄」を持つ者を、帝国の「聖騎士」へ。……すべては、帝国を世界の唯一の真理へと導くために』
「……嘘だろ」
ハヤトは愕然と呟いた。
自分だけが、この理不尽な世界に放り出された迷い子だと思っていた。
だが、事実はもっと凄惨だった。
帝国は、古の召喚術を軍事的に確立し、地球という「異世界」から特定の知識や戦闘経験を持つ魂を組織的に引き抜き、帝国の駒としていたのだ。
「リッカ、見てろ……。帝国が強いのは、魔法が優れているからじゃない。俺たちと同じ『向こう側の知識』を、この世界の暴力と悪魔合体させているからだ」
「なんなの、それ……。じゃあ、あのレオって男も、あそこに映ってる人たちも、みんなあんたと同じなの?」
リッカは、理解を越えた事実に震えていた。
ハヤトが見た情景の中には、かつて自分が率いていた部隊の旗印に似た紋章を掲げる部隊さえあった。帝国は、現代の軍事教本を、魔法の力で強引に具現化しようとしている。
「……チェックメイトをかけられているのは、俺の方だったか」
ハヤトは、泉の表面を叩き割るように強く拳を打ちつけた。映像が霧散し、再び静寂が戻る。
帝国が「転生者」という最強の兵器を蒐集し、軍隊を作り上げているのなら、単なるゲリラ戦ではいずれ押し潰される。
(俺がやるべきは、ただの生き残りじゃない。帝国という巨大な「近代化された暴力」を、真っ向から叩き潰すための、本物の軍隊の構築だ)
ハヤトは背中の零式ライフルを強く握り直した。
肩にピピが乗り、隣にフェンが並ぶ。
「リッカ、帰るぞ。のんびり武器を作っている時間はなくなった」
ハヤトの瞳には、絶望ではなく、戦場を支配する「元帥」としての冷徹な炎が宿っていた。
帝国が「転生者」を使い捨てる組織なら、自分は「転生者」を凌駕する「軍隊」を作り上げるまで。
「帝国に教えてやる。……本物の『戦争のプロ』を敵に回すということが、どれほど最悪の結末を招くかをな」
地底の廃都を後にする少年の背中には、もはや子供の影はなかった。
それは、世界という戦盤をひっくり返そうとする、一人の叛逆者の姿だった。
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