第17話:鉄と魔力の共鳴(アドバンスド・ウェポン・プロジェクト)
リッカの住処であるボイラー・ハウスは、鉄の匂いと古の魔導炉の熱気に満ちていた。ハヤトにとってそこは、単なる隠れ家ではなく、失った牙を再構築するための聖域だった。
ハヤトが煤けた床に広げたのは、現代の兵器体系をこの世界の技術に翻訳した精密な設計図だった。リッカはそれを食い入るように見つめ、時に唸り、時にその小さな手で巨大なレンチを握り直す。ハヤトが提案したのは、筒の中から弾丸を「回して」飛ばすという、この世界の職人なら鼻で笑うような突拍子もない理論だった。
ライフリング。筒の内側に刻まれた螺旋状の溝が弾丸に旋回運動を与え、驚異的な直進性と射程を生み出す。リッカはその理論の残酷なまでの合理性に、職人としての本能を揺さぶられていた。
彼女はドワーフ特有の精密な魔導鍛冶を使い、ハヤトが求める「ミクロン単位の精度」に応えていく。火花が散るたびに、魔導金属の塊が冷徹な死の道具へと姿を変えていった。
ピピの役割もまた重要だった。これまでの黒色火薬は煙が多く、燃焼速度も不安定だったが、ハヤトはピピの体内で特定の植物や鉱石を分解・合成させ、より強力で安定した爆薬、いわゆる無煙火薬に近い成分を精製させた。弾丸の威力は重さだけではなく、その爆発がもたらす極限の速度にある。ハヤトは計算機を使わずとも、前世の経験則からくる「死の感覚」でその最適な配合を見出していた。
数日間の不眠不休の作業の末、リッカの手から差し出されたのは、これまでの「筒」とは一線を画す、洗練された鉄の塊だった。
全長約一メートル。ボルトハンドルを操作することで空薬莢を弾き出し、次弾を送り込む手動連発式。装飾を削ぎ落としたその機能美には、ドワーフの意地とハヤトの殺意が凝縮されていた。魔導ボルトアクションライフル「零式・深淵」。
「……ハヤト、試射の時間だよ。あんたの言ったことが本当なら、これは歴史をひっくり返しちまう」
リッカが緊張を孕んだ声で促す。ハヤトは銃を手に取り、その重みを確かめた。冷たい金属の感触が、少年の掌に「元帥」としての誇りを呼び戻す。
百メートル先、かつてのガーディアンから剥ぎ取った分厚い装甲板を標的に据える。ハヤトは膝をつき、銃床を肩に密着させた。ボルトを引き、一発の薬莢を滑り込ませる。ガチリ、という精密な噛み合わせの音が工房に響いた。
レオ。あの聖騎士の笑みを思い浮かべる。物理的な法則を書き換えるほどの超常の力。だが、その力の源がこの世界にあるのなら、それを超える「現実」を叩き込むまでだ。
ハヤトは深く息を吐き、静かに、しかし迷いなく引き金を絞り切った。
瞬間、空気を切り裂くような高音と共に、一筋の閃光が工房を駆け抜けた。それは「ドォン」という重苦しい爆発音ではなく、鋭く研ぎ澄まされた音速の衝突音だった。
次の瞬間、遥か先にある分厚い装甲板が、まるで紙細工のように貫通され、背後の岩壁を粉砕した。装甲の中央には、熱で赤く焼けた完璧な「穴」が穿たれていた。
「……信じられない。あんな硬い鉄を、たった一粒の礫で……」
リッカが呆然と呟く。彼女はその破壊力に震えていた。だが、ハヤトは表情を崩さない。彼は無機質な手つきでボルトを引き、熱を帯びた真鍮の薬莢を床に転がした。チリン、という乾いた音が、静まり返った工房で勝利のベルのように響いた。
「有効射程、精度、威力。どれも第一段階としては合格だ」
ハヤトは銃身を愛おしそうに撫で、リッカに向き直った。
「リッカ、次はこれの量産と、さらに凶悪な『対聖騎士用弾薬』の製造に入る。……あいつに、現代戦の本当の恐怖を教えてやらなきゃならないからな」
ハヤトの瞳には、かつての戦場を支配した男の、冷徹で確信に満ちた炎が宿っていた。
牙なき少年は、ついに失った牙の代わりに、文明という名の絶望を手に入れた。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!




