第16話:深淵の機械工(エンジニア)
そこは、時間が凍りついた鉄の墓標だった。
天井の見えない巨大な空洞。立ち並ぶ円筒形の建物は、どれも歯車と蒸気管が複雑に絡み合い、かつての繁栄の凄まじさを物語っている。だが、今はそれらすべてが赤錆に覆われ、静まり返っていた。
「……フェン、停止。周囲に熱源反応はないか?」
『グルゥ……』
フェンが低く唸り、鼻を鳴らす。魔物の気配はない。だが、この沈黙そのものが、侵入者の神経をじりじりと削っていく。
ハヤトは銃口を下げず、足元に転がる「古代の歯車」を踏み越えながら進んだ。
その時、静寂を破る「音」が聞こえた。
カシャン……カシャン……キィィッ。
規則正しい、金属を研ぐ音。
ハヤトは即座に壁際へ身を寄せ、フェンとピピに合図を送る。
(前方、11時方向。距離20。物陰に隠れろ)
物陰から慎重に覗き込むと、そこには「小さな家」があった。いや、巨大なボイラーの残骸を改造した、住居らしきものだ。
その入り口で、一人の少女がうずくまっていた。
身長はハヤトよりも少し低い。だが、その腕は鍛えられたように硬く、汚れを気にする様子もなく真っ黒な機械油にまみれている。特徴的なのは、その背丈に不釣り合いなほど巨大な「ゴーグル」と、腰に下げた無数の工具だった。
ドワーフだ。
この地で数千年の歴史と共に滅びたはずの、誇り高き職人の末裔。
「……この魔動弁、やっぱりイカれてる。予備のバネはもうないのに……」
少女が吐き出す言葉は、銀狼族の里で使われる公用語とは少し異なる、独特の訛りがあった。
ハヤトは思考を巡らせる。敵対すべきか、接触すべきか。
今のハヤトに必要なのは、武器を作るための「設備」と、その扱いを知る「技術者」だ。
ハヤトは銃を背負い、両手を上げた状態でゆっくりと姿を現した。
「……そこのエンジニア。話せるか?」
少女が弾かれたように跳ね起きた。
反射的に背負っていた巨大なレンチを構える。その動きには迷いがない。
「っ!? 誰だ! ガーディアンを突破してくるような『化け物』が、何でこんなところに――」
少女の視線が、ハヤトの姿を捉えて止まった。
「……人族? 子供? それに……銀狼に、スライム……?」
あまりにも滅茶苦茶なパーティー編成に、少女の思考が追いついていない。
ハヤトは距離を保ったまま、落ち着いた声で交渉を開始した。
「俺はハヤト。見ての通り、ただの『牙無し』だ。銀狼族の里から、ある目的のためにここへ来た。……あんたこそ、名前は?」
「……リッカ。ドワーフの生き残りだよ。見ての通り、鉄屑を拾って食いつないでる。……で、『牙無し』の人間が、どうして私に用があるんだい?」
リッカの目はまだ警戒に満ちている。だが、ハヤトが背負っている「試作型火縄銃」に視線が止まった瞬間、その瞳にプロの好奇心が灯った。
「……あんた、その背中の『筒』。なんだい、それ? 魔導杖じゃない……でも、妙に精巧な金属加工がされてる」
「これか。これは『銃』という武器だ。……魔法の素養がない俺でも、あんたたちドワーフが作ったガーディアンを仕留められる代物だ」
「ガーディアンを!? あんなバカげた装甲の塊を、その細い筒で?」
ハヤトは無言で、先ほどの戦闘で変形した鉛の弾丸をリッカの足元に投げた。
リッカはそれを拾い上げ、レンズを近づけて観察する。
「……火薬の燃焼による圧力推進……? 弾道の安定化のために、後部に溝を……。なんてこった、こんな『理屈』で動く道具、見たことがない」
リッカの手が震えていた。
それは恐怖ではなく、職人としての、未知の技術に対する「飢え」だった。
ハヤトは、確信を持って一歩踏み出した。
「リッカ。俺には設計図がある。だがあんたのような、腕のいい職人と設備が足りない。……俺に力を貸せ。そうすれば、あんたの住処を脅かす魔物も、地上の聖騎士も、まとめて鉄屑に変えてやる」
リッカはハヤトの瞳をじっと見つめた。
十歳の子供とは思えない、地獄を潜り抜けてきた男の目。
「……面白い。その『銃』とかいうヤツ、もっと詳しく見せな。……もし嘘だったら、私のレンチでその頭、カチ割ってやるからね」
ドワーフの少女が、不敵に笑った。
牙なき元帥が、ついに「工廠」を手に入れた瞬間だった。
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