第15話:鉄錆の門番(アンチ・タンク・タクティクス)
銀狼族の縄張りを抜け、さらに下層へ。
そこは、生態系が断絶した世界だった。
鼻を突くのは、湿った土の匂いではない。酸化した鉄の赤錆臭と、硫黄、そして古びた機械油の腐臭。
「鉄錆の深淵」。かつてドワーフたちが栄華を極め、そして一夜にして滅びたとされる地下都市の入り口。
「……気温、推定40度。地熱の影響が強いな」
ハヤトは額の汗を拭いながら、巨大な鉄扉の前に立った。高さ十メートルはあるだろうか。表面には歯車と槌の紋章が刻まれているが、その大半が錆びついて赤茶けている。
扉の隙間からは、絶えず白い蒸気が噴き出していた。
『プピッ……(ハヤト様、嫌な匂いがします。焦げた魔力のような……)』
「ああ。フェン、前方のクリアリングを頼む。何がいても、絶対に深追いはするなよ」
フェンが短く喉を鳴らし、蒸気の中へと消えていく。
数秒後。
ギャンッ! という短い警告音と共に、フェンが弾かれたように戻ってきた。
直後、蒸気の向こうから、地響きのような駆動音が聞こえ始めた。
ギチギチギチ……シュゴォォォ……!
「……来たか」
霧の中から姿を現したのは、二体の「動く鉄塊」だった。
身長約三メートル。錆びついた青銅と鉄で構成された人型だが、頭部には顔がなく、代わりに赤く発光する巨大な「魔石レンズ」が一つ埋め込まれている。
腕部は採掘用のドリルと巨大なクランプ(挟み)。足はキャタピラのような履帯になっていた。
古代の防衛用自律ゴーレム――通称「スクラップ・ガーディアン」。
「ターゲット確認。装甲厚は推定30ミリ。小銃弾は無効。……歩兵戦闘車(IFV)並みか」
ハヤトは冷静に敵戦力を分析する。まともに殴り合えば、レオの身体強化魔法ですら苦戦するであろう重量級の相手だ。
ガーディアンの赤いレンズが、ハヤトたちを捉えた。
『侵入者検知。排除行動ニ移行スル』
壊れたレコードのような機械音声が響き、二体の鉄塊が加速する。履帯が地面を削り、凄まじい轟音と火花を撒き散らしながら突っ込んでくる。
「プランCだ。フェン、右の個体を釣れ! ピピ、スモーク(発煙)準備!」
ハヤトの指示が飛ぶ。フェンが俊敏な動きで右側のガーディアンの視界を横切り、挑発する。単純なAIは即座に反応し、フェンを追いかけ始めた。
戦力が分断された。
「ピピ、今だ!」
『プピィッ!!』
ピピが体内で生成した特殊な化学薬品を、周囲の熱い蒸気に向かって噴射した。
ジュワァァァッ! という音と共に、視界が真っ白な霧に覆われる。ただの霧ではない。魔力感知を阻害する成分を含んだ「ジャミング・スモーク」だ。
『視覚センサー、ロスト。魔力反応、不明瞭。再スキャンヲ開始……』
残った左側のガーディアンが、動きを止めて首を巡らせる。
その一瞬の隙。霧の中から、ハヤトが音もなく滑り出した。
「……装甲の継ぎ目、関節部、そして動力炉。図体はデカいが、弱点だらけだ」
ハヤトはガーディアンの死角――巨大な脚部の履帯の真横に肉薄した。
手に持っているのは、動物の膀胱袋に詰め込んだ、粘度の高い黒い液体。ピピ特製の強力な接着剤と、可燃性オイルの混合物だ。
「食らえ、即席ナパームだ」
ハヤトがそれを履帯の駆動輪に投げつける。ガラス瓶が割れ、粘着液が絡みつく。
ギギギッ、ガガガッ……!
異物を噛み込んだ履帯が悲鳴を上げ、ガーディアンの片足が完全に停止した。
『駆動系ニ異常発生。バランス制御、不能――』
その場で独楽のように回転し、体勢を崩す巨大な鉄塊。
ハヤトはその背中によじ登った。目指すは、背部にある排熱口の奥――赤く輝く「動力魔石」だ。
「装甲を貫く必要はない。内側から吹き飛ばせばいい」
ハヤトは腰のポーチから、黒色火薬を限界まで圧縮し、指向性を持たせた「成形炸薬(の原型)」を取り出した。それを動力炉の真上に設置し、導火線に火をつける。
「……爆破まで、三秒」
ハヤトはガーディアンの背中を蹴って跳躍した。
三、二、一。
ズドォォォォォンッ!!
鈍く、重い爆発音。
指向性の爆風がガーディアンの内部を駆け巡り、装甲の隙間から真っ赤な炎と黒煙が噴き出した。
『エラァ……エラァ……動力、テイシ……』
巨大な鉄塊が、膝から崩れ落ちるように沈黙した。
「……あと一体!」
ハヤトが振り返ると、フェンを追いかけていたもう一体が、爆音に反応して戻ってこようとしていた。
だが、ハヤトはすでに次の手を打っていた。
停止したガーディアンの腕部――巨大なドリルが接続された油圧シリンダーの配管を、黒曜石のナイフで切断する。プシューッ! と高圧のオイルが噴き出す。
「ピピ、着火剤!」
ハヤトが叫ぶと、ピピが小さな火種をオイル溜まりに落とした。
一瞬で燃え上がる炎の壁。戻ってきたガーディアンは、その炎の前で立ち往生した。
「……チェックメイトだ。鉄屑になりな」
ハヤトは炎の向こう側の影に向けて、残っていた最後の炸薬を投げ込んだ。
数分後。
鉄錆の入り口には、二つの動かない巨大なスクラップが転がっていた。
「……ふぅ。弾薬の消費が激しいな。これじゃあ、本格的な探索は無理だ」
ハヤトは額の汗を拭いながら、ガーディアンの残骸から使えそうな魔導配線やバネを引き抜き始めた。
フェンが誇らしげに尻尾を振り、ピピが疲れたようにハヤトの肩でプルプルと震える。
彼らの目の前には、ついに開かれた廃都への入り口が、漆黒の口を開けて待っていた。
「行くぞ。ここからが、本番だ」
牙なき元帥は、新たな力を求め、死の都へと足を踏み入れた。
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