第14話:元帥の決断(ロジスティカル・リブート)
里へと帰還したハヤトを待っていたのは、静まり返った銀狼族の視線だった。
勝利の凱歌はない。皆、見ていたのだ。あの「聖騎士」レオが、ハヤトが築いた無敵の防衛線をたった一人で突破し、そしてハヤトと対等以上に渡り合った光景を。
ハヤトは無言で広場を通り抜け、自室のラボへと入った。
扉を閉めた瞬間、膝がわずかに震える。
(……身体強化魔法による超加速、並列起動の物理障壁。あれはもはや人一人の戦力じゃない。歩兵戦闘車(IFV)、あるいは戦車そのものだ)
ハヤトは血の滲んだ掌を見つめた。
前世、最強の兵士として戦場を支配していた彼にとって、これほどの「無力感」は初めてだった。今のままでは、次にレオが本気で攻めてきた時、里は灰になる。
「ピピ、残弾数と機材の損傷率を報告しろ」
『プピッ……(火薬残量15%。二号銃、銃身に歪みあり。使用不可です)』
ピピが弱々しく震える。フェンも、右足を庇いながらハヤトの足元に体を寄せた。
三位一体の戦術を尽くして、ようやく「足止め」が限界。それが現実だった。
「……フェン、ピピ。よくやってくれた。だが、これまでの『工作』は終わりだ」
ハヤトは机の上に、一枚の古びた地図を叩きつけた。
それは、里の深部、さらに下層へと続く断崖の先に記された禁忌の地。
――ドワーフの廃都「鉄錆の深淵」。
「黒色火薬と黒曜石のナイフでは、あの『勇者』は殺せない。……必要なのは、より高い貫通力、連射性能、そして圧倒的な物量だ」
ハヤトの瞳に、かつての「元帥」としての冷徹な炎が宿る。
彼は、雑用係の少年としてではなく、一軍を率いる将として立ち上がった。
「これより『フェーズ2』へ移行する。目標は廃都の自動工房。そこに眠る魔導金属と精密加工機を奪取する」
「……本気か、ハヤト」
背後から声がした。族長ガザックだ。
失った右腕に包帯を巻いた巨躯が、ラボの入り口を塞いでいる。
「廃都は魔物の巣窟だ。戦士団の精鋭でも、生きて戻った者はいない。それに、あの聖騎士がまた来たらどうする?」
「だから行くんだ、ガザック。奴が次に連れてくるのは、一個小隊規模の『聖騎士』かもしれない。今のまま待っていれば、銀狼族は全滅する。……あんたの誇りは、座して死ぬことか?」
ハヤトの真っ直ぐな視線に、ガザックはわずかに毒気を抜かれたように息を吐いた。
「……フン。相変わらず可愛げのないガキだ。だが、お前の言う通りだ。死に場所を選ぶ権利くらいは残しておきたい」
ガザックは唯一残った左手で、ハヤトの肩を強く叩いた。
「行け。里の防衛は俺たちが死守する。……その代わり、最高に凶悪な『牙』を持ち帰ってこい」
出発の朝。
ハヤトは、ミーナが持たせてくれた大量の干し肉を背嚢に詰め込んだ。
ミーナは何も言わなかった。ただ、ハヤトの頬を優しく舐め、その小さな背中を見送った。
「……ピピ、化学合成の準備はいいか。フェン、先行して斥候を務めろ」
ハヤトは、腰に修復したばかりの黒曜石ナイフを差し、背中には予備の火縄式短銃を背負った。
向かうは、光の届かない深淵の底。
(待っていろ、レオ。……次に会う時は、本物の「物量」を見せてやる)
少年は、一度も振り返ることなく闇の中へと足を踏み入れた。
それは、一人の兵士が「軍隊」を創るための、決死の遠征の始まりだった。
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