第11話:鉄と血の洗礼(キルゾーン・エントランス)
その日は、大気そのものが震えていた。
里を囲む断崖の向こう、闇を切り裂いて現れたのは、帝国の正規軍「第3魔導騎士団」の主力部隊だった。
先遣隊の全滅を受け、帝国は「野蛮な亜人の掃討」ではなく「組織的な軍事作戦」へと切り替えてきたのだ。
「全軍、突入! 獣どもに帝国の威光を刻め!」
騎士団長が剣を振り下ろす。
重装甲に身を包んだ歩兵二〇〇名。背後には、障壁魔法を展開する魔導師の分隊。
彼らは整然としたファランクスを組み、ハヤトが意図的に用意した「唯一の広場への入り口」へと流れ込んだ。
「……ターゲット、接敵。予定通り『袋小路』へ侵入」
里の最上部。発光苔を遮断した観測ポイントで、ハヤトは冷静に無線(ピピの振動膜を利用した骨伝導通信)を飛ばした。
横には、狙撃銃を構えたフェンが静かに息を潜めている。
帝国軍が、ハヤトが掘らせた「不自然に広い直線道路」を突き進む。
「敵影なし! 逃げ出したか!?」
騎士の一人が叫んだ、その時だった。
「――今だ。起爆しろ」
ハヤトの合図とともに、地面が、そして壁が、物理法則を無視した爆炎を上げた。
「クレイモア指向性散弾(魔石式)」二十基が、同時に火を噴いたのだ。
――ッドォォォォォォォンッ!!
「ぎゃああああああっ!!」
「盾を、盾を上げろッ!!」
通路を埋め尽くしていた帝国兵の最前列が、一瞬にして肉片へと変わった。
だが、地獄はここからが本番だった。
「パニックになるな! 魔法障壁を展開――」
魔導師が杖を掲げた瞬間、ハヤトの指が狙撃銃の引き金を引き絞った。
――プシュッ。
音速を超える鉛の塊が、障壁が完成する一瞬前に魔導師の頭蓋を貫く。
指揮系統の喪失。そして、左右の「土塁」に隠れていた銀狼族の戦士たちが、一斉に顔を出した。
「……撃て(ファイア)!!」
バランを筆頭とする若手たちが、ハヤトに叩き込まれた通り、一斉に「投石紐」と「火縄銃」を作動させた。
ハヤトがピピと共に精製した、爆発性の魔石を詰め込んだ「投擲弾」が、帝国軍の中央で次々と炸裂する。
「な、なんだこれは……! 狼共が『遠距離攻撃』だと!? 卑怯な――」
「卑怯? ……いいえ、これは『戦争』ですよ、騎士様」
ハヤトは銃のボルトを引き、空の薬莢を蹴り出した。
眼下では、銀狼族たちがハヤトの指示通り、個人の武勇を封印し、組織的な「十字砲火」を継続している。
逃げ場を失った騎士たちは、自分たちが踏み越えてきた「泥の溝(塹壕)」が、自分たちを葬るための棺桶であったことに気づく。
「……ガザック。仕上げだ」
ハヤトが低く命じると、里の奥から、唯一の腕に巨大な戦斧を携えたガザックが姿を現した。
その後ろには、恐怖を統制された精鋭たちが控えている。
「野郎ども……『ハヤト』の言った通りだ! 弱った奴から順に食い千切れッ!!」
「「オオォォォォォォォォンッ!!」」
圧倒的な破壊。
それまで「文明」を盾に亜人を見下してきた帝国兵たちが、今度は「知略」を盾にした野生の猛攻に蹂躙されていく。
鉄の鎧は、ハヤトの精製した酸性手榴弾で溶け落ち、誇り高き剣は、物陰からの狙撃で無力化された。
地響きのような爆鳴と、血生臭い悲鳴が里を支配する。
ハヤトは、スコープ越しにその惨状を眺めながら、ただ一度だけ、深く、長く、煙を吐き出すように息をついた。
「……ミッション・コンプリート。残敵掃討に移れ」
硝煙の向こうで、帝国の旗が泥に塗れて沈んでいく。
それは「牙無し」が、世界に対して初めて突き立てた、見えない牙の鋭さを証明する瞬間だった。
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