第10話:教育という名の蹂躙
銀狼族の里に、かつてない不穏な「音」が響き渡っていた。
それは咆哮でも、肉を裂く音でもない。無数の硬い石が土を掘り返し、巨木が規則正しく切り倒される、無機質な作業音だ。
「……何が『戦士の誇り』だ。死んだらただの毛皮だろうが。腰を落とせ! 泥を舐めるのが嫌なら、血を流す方を選べ!」
ハヤトの冷徹な怒声が、広場に突き刺さる。
その目の前では、バランを含む若手の戦士たちが、泥まみれになって「溝」を掘っていた。彼らにとって、爪は敵を切り裂くための神聖な武器だ。それを土に突き立て、溝を掘るなど、屈辱以外の何物でもなかった。
「ハヤト、これに何の意味がある……! 俺たちは誇り高き銀狼だ。こんな穴に隠れて戦うなど――」
バランが言いかけた瞬間、ハヤトが手にした木製の指示棒が、バランの鼻先を鋭く叩いた。
「『隠れる』のではない。ここは『キルゾーン』を定義するための戦術的優位だ」
ハヤトは、ピピが地面に描いた精密な図面を指し示した。
それは、里の入り口から中央広場に至るまでの、複雑に入り組んだ「塹壕」と「土塁」の設計図だった。
「帝国軍の魔導師は、射線が通る開けた場所で最大の火力を発揮する。なら、その射線を遮り、奴らを一本道に誘い込めばいい。……いいか、この溝は、奴らの魔法を『受け流す』ための盾だ」
ハヤトの戦術は、銀狼族が数千年にわたって守ってきた「個の武勇」を根底から否定するものだった。
彼が教え込んでいるのは、「分隊戦術」。
一人が盾となり、一人が注意を引き、残る一人が背後から「筒(銃)」で確実に仕留める。
「ガザック様……本当に、これで良いのですか?」
老戦士の一人が、右腕を失い、静かに椅子に座る族長に問いかけた。
ガザックは、ハヤトが構築した「十字砲火」の陣地予定地を、鋭い眼光で見つめていた。
「……我々の強さは、帝国に通用しなかった。それが現実だ」
ガザックの低い声が広場を静まり返らせる。
「腕を失った俺の命を繋いだのは、あの小僧の『異能』だ。……銀狼の誇りを捨てるのではない。生き残るために、新たな牙を研ぐ。ハヤトに、全権を預ける」
族長の言葉は絶対だった。
戦士たちは再び、不満を飲み込んで土を掘り始めた。
ハヤトは、その光景を冷ややかに眺めながら、ピピに次の指示を出していた。
「ピピ、地雷の信管(魔石触媒)の感度調整はどうなっている」
『プピィ!(80パーセント完了です。物理圧力と魔力反応の両方で起爆します)』
「フェン、偵察範囲を北の断崖まで広げろ。奴らは必ず、空からも来る」
フェンが短く応え、影のように闇へと消えていく。
ハヤトの脳内では、すでに数日後に訪れるであろう「決戦」のシミュレーションが、幾通りも演算されていた。
彼は知っている。帝国の偵察隊を全滅させたことで、次は「騎士団」という名の重機がいずれやってくることを。
「……さて。お高く止まった騎士様たちに、泥水の飲み方を教えてやるとするか」
ハヤトは、自作の狙撃銃のボルトを静かに引いた。
金属の触れ合う冷たい音が、不気味なほど静かな里の夜に響いた。
最底辺の雑用係が、銀狼族という猛獣たちを飼い慣らし、一つの「暴力装置」へと作り変えていく。
地底の軍隊が、産声を上げようとしていた。
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