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近衛の本領  ~王族から王国を護るお仕事です~(第三章連載開始)  作者: t.maki
第2章 第二王子フェリクス編
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第77話 輔弼近衛は納得できない(アレン視点)

城下の噂を受け、第二王子は王城会議へ呼ばれる。アレンは護衛として背後に立ち、正しい答えが危うく響く瞬間を聞く。



昼を少し過ぎた頃、西塔の廊下はいつものように静かだった。城の中心部では侍従や役人が行き交い、どこか慌ただしい空気が流れているはずだが、西塔まで来るとその気配は驚くほど薄れる。厚い石壁と狭い窓のせいで外の音が入りにくく、足音さえ遠くへ吸い込まれていくように感じられた。


俺は廊下の窓辺に立ち、城下の屋根の連なりを見下ろしていた。王都の空は今日も雲一つなく、乾いた光が瓦屋根と白い壁を照らしている。遠目にはいつもと変わらない王都の景色だが、井戸の列が長くなっているという話はすでに城内にも届いていた。水を巡る不満は、城の外ではもう冗談では済まない段階に入っている。


(……水の噂が城まで来るのは時間の問題だ)


城下の不満というものは、最初は井戸端で生まれる。次に市場で広がり、酒場で形を変え、やがて誰かがそれを「誰かの責任」に結びつける。そこまで進めば、次に向かう場所はだいたい決まっている。王城だ。


(……そのうち会議になる)


そう考えていたところへ、階段の方から足音が近づいてきた。振り向くと侍従が一人、やや急ぎ足でこちらへ向かってくる。普段ならここまで慌ただしく歩く男ではないので、その時点でただ事ではないと分かった。


「近衛殿。宰相閣下からの伝言です」


侍従は軽く頭を下げ、そのまま言葉を続ける。


「王城会議が開かれます。第二王子殿下にも出席を願いたいとのことです」


俺は一瞬だけ言葉を失った。


「……今からですか」


「はい。至急とのことです」


侍従はそれだけ伝えると、足早に階段を降りていった。残された俺はその背中を見送りながら、小さく息を吐く。


(……やっぱり来たか)


城下の噂が王城に届くこと自体は予想していた。ただ、思っていたよりもずっと早い。噂がまだ市場の段階にあると思っていたのに、もう王の会議を動かしている。


俺は西塔の奥へ歩き出した。


第二王子の執務室の扉は、いつものように半分ほど開いている。中からは紙をめくる音と、ペン先が紙を擦る音が聞こえていた。俺は扉を軽く叩いて声をかける。


「殿下」


机に向かっていた王子が顔を上げる。


「どうした」


「宰相閣下から伝言です。王城会議が開かれるそうです。殿下にも出席を、とのことです」


王子は一度だけ頷いた。


「そうか」


それだけだった。


(……いや、そこはもう少し驚いてもいいんじゃないか)


部屋の奥では侍女のアリシアが書類を整えている。話を聞いていたはずだが、彼女は特に反応を見せない。


「会議だそうです」


俺が言うと、彼女は振り向きもしないまま答えた。


「そうですか」


声はいつも通り落ち着いている。


(……本当にそれだけか)


王子はすでに立ち上がっていた。


「行こう」


「はっ」


俺は一歩下がり、王子の後ろについた。


西塔から会議室までの廊下を歩くあいだ、侍従や兵士の視線が何度かこちらへ向けられた。誰も何も言わないが、噂が城内に広がっていることはそれだけで分かる。城という場所は広いが、噂の足は思ったより速い。


会議室に入ると、陛下と王妃、それに宰相がすでに席についていた。俺は王子の背後に立つ。壁際の位置から卓の様子がよく見える。


しばらく沈黙が続いたあと、陛下が言った。


「城下の話は聞いているな」


「聞いております」


王子が答える。


そして陛下は次の言葉を口にした。


「お前の魔術で雨を降らすことはできるか」


その問いが落ちた瞬間、俺は思わず陛下の顔を見た。顎がわずかに動いている。怒りというより、言葉を慎重に選んでいるときの動きだった。王妃は王子を見ていたが、次の瞬間、ほんのわずかに視線を卓へ落とした。


そのとき、俺は無意識に背筋を伸ばしていた。壁際に立っているだけのはずなのに、肩に余計な力が入っていることに気づく。護衛として動く場面でもないのに、体が先に緊張している。


王子は少し考え、それから答えた。


「……すべきではありません」


陛下の眉がわずかに動く。


「できないのではなく、すべきではないのか」


「はい」


背後で聞いていても、王子の説明は理屈としては筋が通っていた。自然への干渉、逆響、悪化する可能性。どれも間違っていない。


だが、そのとき俺の頭に浮かんだのは、城下の井戸の列だった。


(……これは、まずい)


理屈が正しいかどうかは問題じゃない。城下の人間が聞きたいのは「できるか、できないか」だ。「すべきではない」という答え方は、できるのにやらないと聞こえる。


(……ああ、これは絶対あとで揉める)


会議はそれ以上荒れることなく終わった。王子が礼をし、俺はその後ろについて部屋を出る。


西塔へ戻る道のりは、行きよりも長く感じられた。


西塔に戻ると、いつもの静かな空気が迎えてくる。階段を上がり、執務室の前まで来ると、扉の横にアリシアが立っていた。


「お帰りなさいませ」


王子は軽く頷き、そのまま部屋へ入る。


「少し続きをする」


そう言うと、もう机に向かっていた。紙をめくる音がすぐに聞こえ始める。


俺は扉を閉め、廊下に残った。


アリシアに小声で言う。


「……たぶん、まずいことになりそうだ」


彼女は少し首を傾けただけだった。


「そうですか」


それだけだった。


城下では噂が広がり、王城では会議が開かれ、王子は「雨を降らせるべきではない」と言い、陛下はそれを聞いた。どう考えても静かに終わる話ではない。


それなのに。


王子は研究に戻り、侍女は「そうですか」で終わり、慌てているのはどうやら俺一人らしい。


俺は廊下の窓から空を見上げた。雲一つない空が広がっている。


(……なんで俺だけが慌ててるんだ?)


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

噂は止まらない。第二王子は雨を降らせる魔術を知っている、できるならなぜやらないのか。アレンは城下へ出て人々を止めようとするが、井戸端の沈黙はすでに王城の方角へ歩き出していた。



次回の投稿は明日21時頃の予定です。


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