↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近衛の本領  ~王族から王国を護るお仕事です~(第三章連載開始)  作者: t.maki
第2章 第二王子フェリクス編
PR
183/208

第76話 王族会議(宰相視点)

王城の小会議室に、王と王妃、宰相、第二王子が集う。城下の噂は、もはや無視できない重さを持ち始めていた。



城下の騒ぎの報告が儂の机に届いたのは、昼を少し過ぎた頃であった。井戸端で生まれた噂が市場へ広がり、さらに酒場で形を変え、ついには王城へ向かうべきだという声まで出始めているという。報告書の文字は整っていたが、その内容は決して整然とはしていない。人々の言葉が乾いた空気の中で互いに重なり合いながら膨らんでいく様子が、紙の上からでも容易に想像できた。


噂の内容は単純だった。第二王子が雨を降らせればよい、というのである。


儂は報告書を机の上に置いたまま、しばらく窓の外へ目を向けていた。王都の空は高く澄み、遠くまで見通せるほど明るい。だがそこには雲が一片もない。乾いた光が石造りの屋根を照らし、城壁の影を長く地面へ落としている。その光景は静かで美しいが、同時にどこか不穏でもあった。雲のない空というものは、時として人の心を苛立たせる。


やがて侍従が来て、陛下が会議を開くと告げた。


場所は王城の小会議室だった。謁見室ほど広くはなく、壁には古い地図が掛けられ、中央に長い卓が置かれているだけの質素な部屋である。そこに集まったのは五人だけだった。陛下、王妃、儂、第二王子。そして王子の背後には護衛として近衛の若者が一人立っている。


名はアレン。


最近になって王子付きとなった青年で、まだ顔に若さが残っているが、その立ち姿には妙な落ち着きがあった。近衛の若者は多く見てきたが、この者にはどこか余分な緊張がない。王子の背後に立ちながら、ただ護衛として周囲を警戒しているというより、むしろこの場に置かれた言葉の重さを静かに測っているようにも見えた。


もっとも、それが儂の思い過ごしである可能性もある。若者というものは、ときに大人の思惑とは無関係に落ち着いて見えるものだ。


陛下は卓の中央に座り、腕を組んだまましばらく黙っていた。王妃はその隣で静かに座り、視線だけを第二王子へ向けている。誰も言葉を発さない時間が続き、窓の外で風が旗を揺らす音だけが遠く聞こえた。


王妃は一言も発しない。しかしその沈黙は、ただの傍観ではないように儂には見えた。陛下が言葉を選び、王子が答えを考えるその間を、王妃の静かな視線が支えているようにも感じられる。宮廷という場所では、ときに沈黙の方が多くを語る。


やがて陛下が顔を上げた。


「城下の話は聞いているな」


第二王子は軽く頷いた。


「聞いております」


陛下はしばらく王子を見つめ、それから静かに問いを投げた。


「お前の魔術で雨を降らすことはできるか」


その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。王妃の指先が卓の上で微かに動き、儂はそれを横目で見ながら王子の表情を観察していた。城下ではすでに王子が「雨を呼ぶ者」と呼ばれ始めているらしい。陛下の問いは、その噂の真偽を確かめるためのものではない。王として、どこまでを許すべきかを測るための問いであった。


第二王子はすぐには答えなかった。卓の上の自分の手を一度見下ろし、それから静かに顔を上げる。その仕草は迷いというより、言葉を秤にかけているように見えた。


「……すべきではありません」


陛下の眉がわずかに動く。


「できないのではなく、すべきではないのか」


「はい」


陛下は椅子の背に体を預けた。


「理由を聞こう」


第二王子は視線を少し落とし、言葉を選ぶようにしてから答えた。


「自然への魔術の干渉は、どれほどの逆響を生むか分かりません。雨を降らせるつもりで術を行っても、その結果として何が起こるかは保証できないのです」


王妃が小さく息を吸う気配がした。


陛下は腕を組んだまま、さらに問いを重ねる。


「例えば」


第二王子は窓の方を一度だけ見た。雲のない空を確かめるような視線だった。


「今より悪くなる可能性もあります」


その言葉が部屋の中に落ちた。


陛下はしばらく黙っていた。卓の上に置かれた指がゆっくりと動き、木の表面を軽く叩く。その小さな音が妙にはっきりと耳に残る。


「城下では、お前が雨を降らせることになっているらしい」


陛下はそう言い、わずかに苦笑した。


「人は簡単な答えを好むものだ」


第二王子はそれに答えない。沈黙が部屋に広がる。


儂はその沈黙の中で、城下の光景を思い浮かべていた。井戸の列、市場の声、酒場で交わされる言葉。それらは互いに重なりながら一つの方向を向き始めている。噂というものは最初は軽い冗談として生まれるが、やがて誰かの確信となり、多くの者の言葉となって形を持つ。そうして出来上がった言葉は、時として剣よりも強く人を動かす。


陛下は再び王子を見た。


「では、お前は何もしないということか」


第二王子は静かに首を振った。


「何もしないわけではありません。ただ、空に手を入れるべきではない、というだけです」


陛下はその言葉をしばらく考えているようだった。


部屋の端では近衛の青年が微動だにせず立っている。彼は何も言わないが、その目は卓の上のやり取りを静かに追っていた。あの若者が、この場で交わされている言葉の意味をどこまで理解しているのか、儂には分からない。ただ一つ言えるのは、彼がただの置き物のように立っているわけではないということだった。


窓の外の空は相変わらず雲一つない。


そして儂は、その空よりもむしろ城下で形を持ち始めた一つの言葉を思っていた。


第二王子は雨を呼ぶ者である。


人はすでにその言葉を信じ始めている。問題はそれが真実かどうかではない。その言葉を、どれほどの数の者が信じるかである。


言葉が形を持てば、やがて人を動かす。人が動けば、国家もまた動く。


そのことを、儂は長い年月の中で嫌というほど見てきた。


儂は卓の上で静かに手を組み、陛下の次の言葉を待った。だが同時に、城下で静かに広がり続けているその言葉が、すでにこの会議よりも大きな力を持ち始めていることを、儂はほとんど確信していた。



お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

会議に同席したアレンは、第二王子の答えに理屈の正しさを見る。だが同時に、城下の人々にはそれが別の意味で届くことも悟る。「できない」ではなく「すべきではない」。その一語が、さらに噂を燃やしていく。



次回の投稿は明日21時頃の予定です。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【皆様へのお願い】


面白い/続きが気になると思っていただけたら、


『ブックマーク』、『☆☆☆☆☆』、『感想』、『誤字報告』をいただけると大変励みになります。

(ついでにとても喜びます)


皆さまの声援だけが心の支えです。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。