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近衛の本領  ~王族から王国を護るお仕事です~(第三章連載開始)  作者: t.maki
第2章 第二王子フェリクス編
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第63話 水の祈り(アレン視点)

問いは置かれたまま動かない。祈りは誰のものか。その一言が、すべての議論を一段深く沈める。





北隅小聖堂の内室は、昼間でも肌寒かった。外はこれだけ乾いているのに、石の建物の中へ入ると、ひやりとした空気が残っている。湿り気というより、陽の届かない場所に特有の冷たさである。高い窓から差し込む光は細く、祭壇脇に置かれた机の上だけを白く照らしていた。その光から少し外れた場所に立つと、人の顔色は読めても、表情の細かな変化までは分かりにくい。だが、立ち位置から見えるものだけでも十分だった。


宰相は、いつもどおり静かだった。周囲が緊張している時ほど、あの人は声も姿勢も変えない。無理に威圧しているわけではないのに、場の主導権が自然とそちらへ寄っていく。あれは肩書きだけでできることではない。アルベルト司教は、動かない人だと思った。口を開く前に、どこまでなら譲れるかをすでに決めている人間の顔をしている。対してマティアス司教は、慎重ではあるが、現場のざわめきをそのまま背負ってここへ来ている感じがあった。何かを守りたいのだろうが、守ろうとしているものが教義の形そのものというより、いま目の前で困っている人間に近い。


そして殿下は、相変わらず何を考えているのか分かりにくい。


いや、分かりにくいというのも少し違うのかもしれない。顔に出ないだけで、何も見ていないわけではないことくらい、そばにいれば分かる。むしろ、誰よりも細かく見ている。見たうえで、すぐには言葉にしないだけだ。


俺は壁際に立ったまま、呼吸を整えていた。こういう場で必要なのは、存在感を消しすぎないことだ。完全に空気になってしまうと、いざという時に動きが遅れる。逆に意識されすぎても、場を乱す。扉の方にも気を配りながら、室内の言葉を聞く。


話は、南区の井戸の件から始まった。


水が澄んだ、という噂は、兵の間にももう回っている。王都では、よい噂も悪い噂も足が早い。しかも水の話だ。乾ききった時期に井戸の水が澄んだとなれば、誰だって耳を傾ける。民だけではない。兵も、商人も、下働きの者も、みなそれぞれの形で反応する。


だが今日の話は、水が本当に変わったかどうかを確かめる会議ではないらしかった。宰相が気にしているのは、井戸の周りで何が起きているか、その結果、民がどう動くかの方だ。そして、その中心に祈りがある。


マティアス司教は、井戸の縁で唱えられている祈りを整えたと言った。


その言い方に、アルベルト司教がわずかに反応したのを見た。整えた、という言葉は便利だ。削ったとも、崩したとも言わずに済む。だが、そういう言い方をする時、人はたいてい、自分でもその行為が境目にあると分かっている。


俺には、教会の祈祷文の正確な形など分からない。だが、井戸の縁に集まる人間の様子は想像できる。桶を持って並ぶ者、子どもの手を引いて立つ者、遠くから来て、ただ様子を見ている者。水があるかもしれないと思えば、人は集まる。そして集まれば、誰かが口火を切り、皆が口を合わせるものが必要になる。長い祈りは、その場ではもたない。途中で息が切れる。言葉が揃わない。隣が違う文句を唱え始める。そうなれば、祈りは祈りの形を保てなくなる。


だから短くする、という理屈そのものは分かる。


けれど、短い言葉には短い言葉の怖さがある。


辺境では、噂はいつも短かった。長い説明は誰も覚えない。だが短い一言は、馬より速く走ることがある。しかも、短いほど、受け取る側が勝手に意味を足せる。足された意味は、別の場所で別の熱を持つ。気づけば最初の言葉とは違うものになっていても、もう誰も元には戻せない。


(……祈りも、そういうことか)


そう思った時、ようやくこの場で争われているものが少し見えた。長い祈りが正しいか、短い祈りがよいか、そんな単純な話じゃない。どんな言葉が人の口に乗り、人の中に残り、人をどう動かすか。その入口を巡って皆が睨み合っている。


殿下がそこで口を開いた。


「祈りは、誰のものだ」


たった一言だった。だが、その一言で部屋の空気が変わった。いままでの話は、長いか短いか、守るか整えるか、というやり取りだった。だがこの問いは、その一段下を掘っている。


祈りは教会のものか。祈る者のものか。


俺には、どちらか一方だと即答できるほどの知識はない。だが、答えによってその先が大きく変わることだけは分かる。教会のものだと言えば、井戸の縁で何が唱えられるかを決めるのは教会になる。祈る者のものだと言えば、現場で口にできる形へ寄せることに理が立つ。けれど本当は、そのどちらにしても、人は言葉に引っぱられる。自分で口にしているつもりでも、言葉の方に形を決められている。


宰相はまだ何も言わない。アルベルト司教は慎重に言葉を選び、マティアス司教は答える前に息を整えている。殿下だけが、問いを置いたまま動かない。


(……これ、祈りの話で終わらないな)


その感覚だけは、はっきりあった。


城の中で発せられる命令も、兵が受ける号令も、街に流れる噂も、結局は言葉だ。誰が言葉を決め、誰がそれを口にし、何が人を動かすのか。その話に繋がっていく。


俺は扉の方へ一瞬だけ気を配った。誰も来ない。廊下は静かだ。けれど内室の中では、もう目に見えない何かが動き始めている。


この会議が終わっても、井戸の水はすぐには増えないだろう。だが、井戸の周りで唱えられる言葉は変わるかもしれない。そして、言葉が変われば、人の並び方も、待ち方も、怒り方も変わる。


水そのものより先に、そちらの方が町を変えるのかもしれない、とふと思った。



お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

長いか短いかではない。守るか整えるかでもない。問題は、その言葉が人の中に何を残すかだ。祈りは形ではなく、働きとして問われ始める。ここで初めて、議論は教義を離れ、人の内側へ降りる。次に争われるのは形式ではない。祈りそのものの定義だ。


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


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