Wizards' Time
Music: The Legion of Doom - Home Invasion Robbery
(多年前、世界的大津波が発生し、地表の海水がほぼ蒸発し、地上での行動が可能になった後)
ある日の午後、洪亜納本遊園地の地下、セイヤー大統領の私設収容井基地の雰囲気は、不条理なほど安穏だった。
巨大な監視モニターには、各地のドローン映像が順次映し出されている。スタッフたちは生態回復報告書を整理しながら、各エリアの異常事象について上層部に報告していた。大統領本人は、広々としたレザーチェアに腰を下ろし、目の前にホットコーヒー、そばに届いたばかりのデザートを置いている。
ここの生活水準は一般の避難者とはあまりにもかけ離れていた。基地は独立したエネルギーシステムを備え、医療設備、レジャーエリア、屋外景色を再現するホログラフィック娯楽室も完備している。地表が危険地帯と化した今でも、セイヤーは地下で快適な生活を満喫していた。
だが、一人のスタッフがドローン配備状況を報告しようとした瞬間、監視画面の様子が一変した。
薄暗い街並みを映していた映像に、雪が舞い始めたのだ。
最初、誰もがカメラの故障だと思った。だが続いて、別のドローンから送られた映像にも同じ現象が現れる。
高岸町の道路には薄い霜が急速に広がっていく。路肩に停まった車は氷の結晶に覆われ、建物のガラス窓は白く曇り、さまよう異形体たちにも異変が生じた。
廃車のタイヤを引き裂いていたゾンビが突然動きを止め、自分の腕を見下ろす。数秒後、皮膚に白い氷殻が張り、四肢が硬直し、おどけた姿勢のまま動かなくなった。
映像は別の街区に切り替わる。ドローンを追いかけていた数体の異形体が次々と倒れ、厚みを増す霜に覆われていく。路上の水たまりは瞬く間に凍り、路面は鏡のように滑らかになった。
スタッフたちは顔を見合わせた。
「大統領、地表の気温が急激に低下しています。複数の観測地点でデータに異常が出ており、現在のところ原因は特定できていません」
セイヤーは画面を見つめ、数秒沈黙した後、突然大きく笑い出した。
「ハハハハ!やはりそうか!」
その笑い声が広い制御室に響き渡り、コーヒーカップを持ち上げたばかりの技術者は、驚いてカップを落としそうになった。
「大統領?」
「分からんのか?」セイヤーは椅子から立ち上がり、両手を机につき、興奮した眼差しで一同を見渡す。「これこそ、我々が黒域へ赴き、サタン儀式を行ったことで得た報酬だ!」
数人のスタッフはすぐに返事をしなかった。
大統領が公にできない活動に関わっていたことは知っていても、業務時間中に悪魔に関する講釈を聞きたくはなかったのだ。
セイヤーは彼らの反応など気にも留めない。
「地表のゾンビ、異形体、その他厄介な異常生物が、みな凍りついた。地面さえ凍結している!考えてみろ。この低温が続けば、我々の人員がいずれ地表へ戻った時、怪物が角から飛びかかる恐怖に怯えずに済む」
気象顧問が慎重に注意を促す。「大統領、低温はインフラにも損害を与えます。道路の凍結で輸送が滞り、配水管も破裂する恐れがあります。気温がさらに下がれば、生態回復計画の再評価が必要になるでしょう」
「評価は当然行う」セイヤーは大きく手を振る。「全員が半袖で外へ出ろ、と言っているわけではない。地下基地も防寒装備も技術者も十分にある。怪物たちが自由に動けなくなる限り、この気候変動は我々にとって利用価値がある」
まるで地球全体の気候が、大統領の机に置かれた署名待ちの文書の一つに過ぎないかのように、自信満々に語った。
セイヤーは再びモニターに目を向ける。遠方の街は白に覆われ、かつて地表を跋扈した怪物たちは静かな氷の彫像となっていた。
口元の笑みが深まっていく。
「ヘリコプターを用意せよ」
警備担当の士官がすぐに前に出る。「大統領、どちらへ向かわれるおつもりですか」
「黒域だ」
セイヤーは机のコーヒーを一気に飲み干し、その辺にカップを置いた。
「あちらの友がこれほどの贈り物を届けてくれたのだ。直接礼を述べに行くのが当然だ。ついでに、今後の要求も聞いておこう。協力関係は維持しなければならない。いつも相手ばかりが贈り物をくれて、こちらが挨拶もしないわけにはいかない」
士官はためらった。
「現在地表の気候は異常で、ヘリの飛行にはリスクが伴います。気象部門の詳細評価が完了するのを待つべきでは」
「評価は続けて構わない」セイヤーは穏やかに笑う。「だがヘリは今すぐ用意せよ」
士官はそれ以上言わず、すぐに指示を出しに向かった。
やがて基地の格納庫の扉がゆっくりと開く。特殊改造されたヘリコプターが整備区域から引き出され、地上整備員がローター、エンジン、防寒システムを素早く点検する。大統領警護の兵士たちは装備を一つずつ確認し、別の班は通信機器と必要な補給品を準備した。
セイヤーは厚手のコートに着替え、ヘリポートへ向かう。
地表へ通じる通路から冷気が染み込み、彼は思わず指を縮めた。
「寒いな」
小さくつぶやくと、普通の人間のように両手のひらをこすり合わせた。
その瞬間、奇妙な事が起きた。
指先の周囲に細やかな白い光が浮かび、米粒ほどの透明な結晶がいくつか凝縮される。小さな氷の欠片のようだが、すぐに溶けることはなく、掌の上でゆっくりと回転しながら浮遊していた。
セイヤーは動きを止める。浮かぶ結晶を見下ろし、恐怖ではなく抑えきれない充足感を浮かべた。
「扱いが上手くなってきた」
そっと掌を閉じると、結晶は音もなく消え去った。
黒域深部の存在と契約を結んで以来、彼の体には微妙な変化が次々と現れている。最初は時折感じる不可解な感知だけだったが、次第に周囲の環境に干渉できる力へと変わった。
生体ウイルスで得られる能力には限界があることは、彼自身よく理解していた。ウイルスは肉体を改変し、老化を遅らせ、人間を超えた力を与えることはできても、人間が生命の制約から完全に逃れることはできない。
だが今、彼が触れたものは、明らかに別の法則に基づいている。
セイヤーは顔を上げ、基地の外が氷雪に飲み込まれていく世界を眺め、陰鬱な笑みを浮かべた。
この身体の変化を全員に話すつもりはない。少なくとも今は。
彼の考えでは、希少な力は正しく使える少数者の手にこそあるべきだ。魔法や魔術は、かつて人々が神話と片付けていた。だが超常現象が監視映像に何度も映し出されるようになれば、古い解釈はいずれ説得力を失う。
セイヤーの胸の内には、さらに大きな計画があった。
世界的な大津波と大災害が地表環境を塗り替え、無数の人間が極限の圧力の下で肉体と精神に激しい変化を遂げた。この変化から、予期せぬ結果が生まれることを彼は望んでいる。
もしかすると、より多くの人間が潜在的な魔術の才能を現し、これまで発見されなかった能力が目覚めるかもしれない。
こうした潜在能力が本当に存在するなら、彼と委員会はさらに多くの魔術師を探し出し、完全な研究体制を構築し、この力の起源と限界を解明できる。
いわゆる霊気復活という言葉の怪しげな響きなど、彼は気にしていない。
力をもたらし、寿命を延ばしてくれるのなら、資源と時間を投入して研究する価値がある。
セイヤーは、普通人より少し長生きするだけでは満足しない。何百年、何千年、それ以上生き続けたい。
吸血鬼は長寿を持つが、彼にはその生き方が面倒に思えた。血への渇望、身元の隠匿、特殊な体質に伴うあらゆる制約。どれも自在さを奪う。
人間社会の美食、娯楽、権力の駆け引き、大統領執務室のあの快適な椅子。それらを愛している。永遠の命のために、暗闇に隠れて生きる怪物になるなど嫌だ。
魔術によって人間としての身分を保ったまま、常人を遥かに超える寿命を得られるのなら、それこそ彼が望む未来だった。
「大統領、ヘリコプターの準備が完了しました」
士官の声が思考を遮った。
セイヤーは視線を戻し、コートの襟元を整える。
「よし、出発だ」
タラップを上って機内に入り座席に着くと、閉まりつつある格納庫の扉を最後に眺めた。
ローターが回転を始め、強い気流が地面の塵を巻き上げる。ヘリがゆっくり上昇すると、地下基地の明かりは遠ざかり、冷たい地表の世界が再び視界に広がった。
セイヤーは座席にもたれ、舷窓から遠くの寒霧に包まれた大地を眺める。
指が再びそっと動いた。
微かな冷気が指先をなぞり、瞬く間に消える。
大統領の顔に、また人を戦慄させる笑みが浮かんだ。
この災害が世界をどれほど変えるか、彼はまだ知らない。
だが一刻も早く黒域へ飛び、そこに問いただしたい衝動に駆られていた。




