↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/33

Esteban Vihaio

Music: Disorder Faith - Memories (Chamaeleon Remix)


ウルグアイ、正午。

屋敷の崖側から潮風が吹き込み、書斎に並ぶ常緑の鉢植えの葉をそっと揺らした。窓の外には濃い青の大西洋が広がり、陽光が海面に砕けて無数のきらめきを散りばめている。

Esteban Vihaio の書斎は広大だが整頓が行き届いていた。棚には年代順に本がきっちり並び、机の上には書類一式と冷めきったコーヒーのマグカップが置かれていた。老人は車椅子に腰を下ろし、窓に背を向け、いつもの読み取れない無表情な仮面を張り付かせている。

Sayer が部屋の真ん中に立っていた。二人は何時間も話し合い続け、会話の空気は刻一刻と冷え切っていた。

Sayer はシャツのカフスを整える。口調は穏やかだが、頑なな決意が一語一語に滲んでいる。

「ドン・エステバン、俺が求めるのは支援だけだ。あの大陸は元々俺のものだ、自分のものを取り戻そうとしているだけだ」

Esteban は黙ったまま、机の上の冷めたコーヒーカップを見つめている。

「兵器、人員、密輸ルート、どれ一つでも構わない」Sayer はドアへ一歩踏み出す。「断るなら無理強いはしない。俺には他の手段がある」

重い沈黙が空気に垂れ込む。

Sayer は出口へもう一歩進む。

Esteban が唐突に声を上げる。低く鋭いその声は、Sayer をその場に釘付けにする。

「愚か者め」

Sayer は足を止めた。

「お前が俺の血縁者だからこそ、Naiyat Continent 奪取を支援しないのだ。さもなければもっと厳しい代償を負わせていた」

書斎の空気が固まったように静まり返る。

Sayer は一歩も動かず、Esteban に背中を向けたまま、背筋が徐々に張り詰め、細やかに身震いした。まるで張り詰めた弦が唐突に弾かれたかのように。

長い沈黙が過ぎる。

彼はゆっくりと振り返り、抑え込まれた重い声で、一音一語を強く発する。

「何とおっしゃいましたか、ドン・エステバン」

Esteban は目を閉じ、疲れたため息をつく。再び目を開けた時、硬い表情に滅多に見せない疲労と無力感が漂った。

「この真実をお前が生きている間、隠し通そうと思っていた」老人は打ち明ける。「お前は俺の大叔父、Juan Vihaio の子孫なのだ」

この先は崖に打ち付ける潮風の音だけが沈黙を埋める。

Sayer は足元に根付いたように立ち尽くす。驚きは表情から消え、砕けた真実の破片をどれだけ組み合わせても噛み合わない人間の、虚ろな切なさに塗り替わっていた。

彼は改良型 Quetzalcoatl Virus を体内に宿し、常人を凌駕する思考速度を持つ。だが今、急速に駆け巡る思考が彼を更なる沈黙に落とし込む。説明のつかない幸運、誰にも知られた見えない援助、不自然なほど順調な転機の数々が、次々と脳裏で再生され、一つの確定的な真相へと並び替えられていく。

やがて、彼は静かな一つの問いを口にする。

「なぜ隠していた?」

Esteban は車椅子の上で姿を正す。

「ライバルの政治派閥がお前の出自を知り、報復の標的にするのが恐かった」一瞬間の間を置き、続ける。「よく聞け Sayer。この無謀な遠征をやめろ、自分自身、そして子供たちのことを考えろ」

Sayer はゆっくり数歩近づき、サングラスを外し、Esteban を怯まず見つめる。

「俺は孤児じゃなかった?人生全体が仕組まれていたのか?メキシコやこの地の孤児院でお前が保護している子供たちと同じように、全員の人生が事前に定められているのか?」

「俺もほぼ同じ道を辿った」Esteban は視線を逸らさず応じ、穏やかな口調に珍しい棘が混じる。「一族の名を守るため、何十年も屈辱に耐えた。南米全土の武器密輸事業が順調だったのが偶然だと思うか?全て俺の采配だ」

Sayer の指が脇で強く握り締まり、声が震え始める。

「俺には両親がいたのか?二人は今どこにいる?」

Esteban は一瞬黙る。

「世界のニュースを普段から追っていれば知っていたはずだ。二人は政敵に毒殺された」

「何もしなかったのか」Sayer の声はつぶやきに落ち、外の潮風より冷たく響く。「俺が大統領に就き、数々の失態を犯した時も、ただ傍観していただけか?」

「両親と何度も話し合った」Esteban は答える。「二人に政界など向いていないと警告した。正当な商売を続けていれば、一族にこんな悲劇は訪れなかった。だが両親は、俺に密かに資金援助し、別の手段でお前を権力の座に押し上げるよう強く頼んだ。今でも彼らが何を求めていたのか理解できない」

「誰が両親を殺した?」

「ライバル政党が支配する暗殺部隊だ」Esteban は少しためらって続ける。「何年も前に全員追い詰めて始末した。その派閥もその後消滅させた」

Sayer は目を強く閉じる。再び口を開いた時、口調は少しも柔らかくなっていない。

「Heydrich の Atlantis Crimson Sun Realm が俺の Hekal Republic を侵攻した時、今と同じようにこの車椅子に座ったまま、何もしなかったのか?」

「お前と一族全員が無事に逃げ出せたではないか」Esteban は視線を上げる。「裏から支援を仕込んだのは誰だ?南米への安全な逃路を手配したのは誰だと思う?」

Sayer は更に近づき、車椅子の肘掛けに両手を置き、身を屈めて老人の目を捉える。

「何十種類ものウイルスを投与されていながら、車椅子に身を寄せて虚弱なふりをしている。莫大な資源と権力を握りながら、傍観し続けられたのか?」

Esteban は非難を真正面から受け止めず、穏やかで平坦な声で語る。

「お前には今、三つの重大な誤解がある」

Sayer は鋭く鼻で笑う。

「聞かせてみろ」

「一つ目」Esteban はゆったりと落ち着いた調子で続ける。「Elizabeth への執着で冷静な判断を失っている。二つ目、末息子の Xie Linyuan と一人の女性を奪い合うなど愚かな真似をするな。三つ目 —— お前も息子も、蘇生した死体に心を寄せるべきではない。二人が結ばれたらどんな混血の子孫が生まれるか、考えてみろ」

再び書斎に静けさが訪れる。

Sayer は背筋を伸ばし、長い沈黙の後に話す。

「他には?」

「最も重大な過ちがもう一つある」Esteban の表情は変わらない。「Himmler と Beria と手を組むな。南米の拠点で、Ancient Insectoid の長老である Imius と共に二人を匿っていることは把握している。元ナチス・ドイツとソ連の人間との関わりを断て、最終的に彼らはお前を破滅へ導く」

Sayer は長い間黙り込む。

「俺の行いの全てを知っていながら、ただ口で諭すだけで、実際に介入しようとしない」一瞬間置き、言葉を続ける。「Imius に弟の Nemesis がいたことは知っているか?」

「Nemesis は殺すべきでない人間を殺した報いを受けただけだ」Esteban は動じない。Merovingian がかつて言った通り、何事にも原因と結果が存在する」

「Imius、Himmler、Beria、そして俺」Sayer の声に抑揚はない。「我々四人は皆、深い傷を負った人間だ」

「なら、この傷ついた者同士のグループを即刻解散せよ」Esteban の指示は断固としている。「正当な産業に専念し、兵器密輸から完全に手を引け。現在医療産業の市場は急成長している」

Sayer は顔を上げ、Esteban に信じられないという眼差しを向け、長い沈黙の後に答える。

「俺は争いから逃げる弱虫ではない。獅子だ。自分のものは自分の元へ戻ってくるべきだ」

Esteban は視線を逸らし、前方の窓へ目を向け、口調が冷え切る。

「なら自分の兵だけを使え。俺の人間に手を出すな。俺の部隊は孤児院出身の精鋭たちだ、お前のトラウマ実験の道具にするな」

Sayer は苦々しく乾いた笑いを浮かべる。

「この突然の親族判明には心底印象的だ、ドン・エステバン」

一瞬の沈黙の後、Esteban の硬い口調が少し緩む。

「作戦に限られた兵器支援だけはしてやる。お前の部隊が East Sea Federation の辺鄙な海岸に辿り着いた時、得るものがあれば失うものもあるという単純な道理を理解してくれることを願う」

Sayer は返答せず、大統領在任時に着用した軍服の襟元を整え、サングラスを再びかけ、まっすぐ背筋を伸ばす。

「勝手にしろ。この会話で俺の決意は更に固まった」

彼は書斎のドアへ向き直る。

「Sayer」

足取りが止まる。

「どこかの国へ侵攻する前に、もう一度酒でも飲みながらじっくり話し合いに来い。前ロシアの皇帝が Beria に手紙を送り、暴力的な計画を断つよう説得したことを知っているか?Alexander は今穏やかな日々を過ごしている。大規模な整形手術を受け、プロのチェス選手として活動しているのだ」

Sayer は振り返り、老人の前で常に見せている礼儀正しく遠慮がちな仮面を表情に戻す。

「心に留めておく、ドン・エステバン。進捗はまた報告する」

書斎のドアを押し開け、外に待機していたボディーガードに一度頷くと、階段を下り始める。

階段の途中、二人の女性が書類を脇に抱えながら上ってくる。

Mature が先頭を歩く。金髪をきっちり低い団子に結い、長い前髪が片方の額に垂れている。シンプルなテーラードレディスーツを身にまとい、Sayer を見ると、ゆっくりと意味深な笑みを唇に浮かべる。

「どうした、元大統領。顔色が優れないようだが」

Sayer は取り繕う笑顔を作る。

「二人の美女と巡り合えて嬉しい。ドン・エステバンと商業契約の細部で少し意見の食い違いがあっただけだ」

Mature の後ろを Vice が続く。短い赤茶色の髪に包まれた率直な表情で、間を置かず核心を突く。

「Naiyat Continent 奪取の計画について、あの方と話したの?」

Mature は素早く横を向き、Vice に鋭い牽制の視線を送る。

Sayer は大きく笑い飛ばす。

「ほんの少し触れただけだ。念のため言っておくが、Naiyat Island などと呼ばないでくれ。あの土地は Nalcott Continent、広大な大陸だ」

丁寧に頭を下げて別れを告げる。

「失礼する」

ボディーガードが後ろに従い、一行は残りの階段を下りる。屋敷のメイドたちが別れを見送るため、別荘の玄関に待機していた。

Vice は階段に残り、彼らが遠ざかる姿を眺め、背中に向かって声を上げる。

「幸運を祈る!」

Mature は冷ややかな横目を送る。

Vice は彼女の方を向き、全く無邪気な顔をする。

「何?まずいことを言った?」

Mature は説明せず、書類を強く抱え直し、書斎へと進む。

「行こう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。