第18章 美晴の生存
エレベーターの隠し回路が発見されたことで、警察はサンライトハイツの全フロアに立ち入り捜査を開始した。
十二月三十日、午前十時。七〇一号室——高柳家の関連不動産会社が二十年間名義上の契約を続けていた空き部屋の一つだ。表向きは賃貸契約が維持されていたが、実際に人が住んだ形跡はまったくなく、ガスも水道も長年止められていた。警察が室内をくまなく調べると、寝室の壁の一面だけが異様に新しいことに気づいた。クロスの張り替え跡がなく、他の壁よりも明らかに塗装の色が違う。
「ここを開けてくれ」
捜査官がコンクリートを打診すると、地下区画と同じく偽装パネルになっていることが判明した。工具でこじ開けると、その奥は闇だった——エレベーターの点検口からつながる隠し通路とは別のルートで、床に垂直に降りる鉄製のハッチがあった。
ハッチを開けると、冷たい空気とともに鉄梯子が闇の中へと続いている。高さは約三メートル。降りた先は狭い踊り場で、七階と地下区画の中間地点にあたる。踊り場にはもう一つ——南京錠のかかった鉄の扉があった。
警察がボルトカッターで南京錠を切断し、鉄扉を開けた瞬間——中から、かすかな息遣いが聞こえた。人間の、まだ生きている人間の呼吸。
部屋は三畳ほどの広さだった。窓はなく、天井の裸電球だけがかすかに点滅している。壁はむき出しのコンクリート打ちっぱなしで、床には薄いマットレスが一枚。隅にバケツが一つと、ペットボトルの水が数本積まれている。
そしてマットレスの上に、膝を抱えて座る一人の女性——痩せ細り、髪はもつれて一塊になり、着ている服は何度も洗濯したのか色が抜け落ちていた。年齢は二十代半ばのはずだが、三年間の監禁生活で実年齢よりずっと老けて見える。
「——橘美晴、さん」
彼女はゆっくりと顔を上げた。その動きはあまりに緩慢で、まるで自分の意思で体を動かすことを忘れてしまったかのようだった。目は落ち窪み、頬はこけ、手首には自分で掻きむしったような細かい傷が無数にある——だが、その目は、確かに生きていた。
「助けに来ました」俺は彼女の前にしゃがみ込み、なるべく穏やかな声で言った。「美晴さん——もう大丈夫です。お母さんが、ずっと待ってる」
美晴は何度もまばたきを繰り返し、言葉を口の中で転がすように動かした。三年ぶりに誰かに話しかけられた人間の、喉の使い方を思い出す儀式のように——。
それから、かすれきった声で、最初の一言を絞り出した。
「……お母さんに、ごめんなさいって——伝えてください」
七〇一号室のリビングに移された美晴は、救急隊員から毛布をかけられ、温かいお茶を手渡されてからようやく、震える声で三年間の出来事を語り始めた。
三年前——彼女は二十歳になっていた。大人になり、社会に出て、初めて自分が十一歳の時に「担任の言うことは絶対に正しい」と信じて優斗の死の隠蔽に加担したことの本当の意味を理解した。彼女はクラス委員長として、朝比奈の口止めを他の三十三人に伝える役割を担っていた。「優斗のことは忘れなさい。先生の言うことを守れば、みんなの将来は守られる」——そう言って回ったのは、自分だった。
罪の意識は年を追うごとに膨れ上がり、二十歳になった美晴はついに決意した——真実を明かそう。少なくとも、優斗が「転校」などしていなかったことを、誰かに伝えなければならない。
彼女はまず、当時のクラスメイトに連絡を取り始めた。最初に電話をかけたのが野口紗英——優斗への虐待を毎日見ていながら何もできなかったことへの罪悪感を、二人で話したことがあったからだ。紗英も同じ気持ちでいてくれると思った。
十一月十五日——優斗の命日。美晴は紗英に会うため、サンライトハイツを訪れた。ビルの建設前が優斗の眠る校庭だったと知ったのは、つい数日前のことだった。せめて、この場所で手を合わせたかった。
「でも、エレベーターに乗って七階のボタンを押したら——扉が閉まった瞬間、後ろから何かを首に当てられて。気がついたら、あの部屋に閉じ込められていました。それから三年間——」
美晴の手が、毛布の端をぎゅっと握った。
「誰が」
「朝比奈先生——それから、もう一人」
その時、彼女の視線が部屋の入り口に向けられ、呼吸が止まった。顔から完全に血の気が引き、毛布を握る指が白くなる。
美晴が凝視する入り口に、一人の男が立っていた。
年齢は二十代半ば。細身の長身で、黒いコートを羽織り、手には大きな紙袋を提げている。目つきは鋭く、口元にはうっすらと笑みを浮かべていた。そして、その顔には——見覚えがありすぎるほどの見覚えがあった。中肉中背の体つき。口元に貼りついた薄い笑み。目だけが完全に笑っていない、捕食者の顔。
彼は、朝比奈悟に瓜二つだった。ただ、年齢だけが三十歳以上若い——。
「——お久しぶりです、お姉さん。いや、美晴先輩」
声は若く、どこか馴れ馴れしい口調。まるで大学のサークルの先輩にでも話しかけるような気軽さだったが——その背後に、まったく別種の冷たさが貼りついていた。
「朝比奈……恭介——」
「ええ」彼はゆっくりと部屋の中に足を踏み入れ、紙袋を床に置いた。中から取り出したのは、コンビニのおにぎりとペットボトルの水——いつも通り、美晴に与えるための食料だった。「父は昨日、このマンションの地下であなたたちに捕まりました。今日は僕が代わりに——」
彼は美晴を見下ろし、首をかしげた。
「——ああ、もう用はないんでしたね。三年間、ご苦労さまでした」
俺は立ち上がり、恭介と美晴の間に体を入れた。
「十年前、お前の父親が優斗を殺した時——お前は中学生だったはずだ」
「ええ」恭介はこともなげに答えた。「父は家に帰ってきて、泣きながら言ったんです。『間違えた』と。『あの子は、少し厳しくすればできるようになると思っただけだ』と。でも——」
彼は一歩前に出た。コートの裾が床をかすめる。
「父は間違えてなんかいなかった。優斗は弱かった。弱い人間は淘汰される——それがこの世界のルールです。父はただ、そのルールを教室で実践していただけだ。僕はそう考えて、父を慰めました。『お父さんは正しい』と」
「お前は——父親の罪を知っていて、それを肯定し、なお美晴を三年間——」
「父を守るためです」恭介の声は数学の定理を証明するように平坦だった。「美晴が動き始めた時、僕は大学生でしたが、わかっていました。彼女が真実を明かせば、父が捕まる。僕の将来にも傷がつく——高柳家のバックアップで約束されていた出世の道が閉ざされる。合理的に考えて、彼女を殺すより生かしておく方が得策だった。少なくとも——父親ほどの『間違い』を犯さずに済む」
つまり、この男は十一歳の頃から父の罪を知り、それを「弱者の淘汰」として正当化し、成長してからは自ら監禁という犯罪に手を染めた——十年をかけて、完璧に父親を継承したのだ。
その時、廊下から軍靴の響きが雪崩れ込んできた。神崎が呼んだ警察だ。恭介は振り返りもせず、まるで授業終了のチャイムを待つ生徒のように大人しく両手を差し出した。
「朝比奈恭介——監禁と傷害の容疑で逮捕する」
恭介は連行されながら、一度だけ俺の方を振り返った。その目は朝比奈悟そのものだった——自分以外のすべてを駒としか見ていない、捕食者の目。十年前の教室で十一歳の優斗に向けられたのと同じ目が、今、二十代の息子の顔に宿っていた。
その日の夕方。警察の手配で、橘美紗子が病院に到着した。
三年ぶりに娘と再会した彼女は——泣かなかった。叫びもしなかった。ただ病室に入ると、美晴のベッドの横まで歩いていき、手を握り、震える声で「——おかえり」とだけ言った。
美晴は母の顔を見つめ、それから初めて、三年ぶりに涙を流した。
壁一面に貼り続けた娘の写真と調査資料——その三年間の執念が、今日、娘をこの世界に引き戻した。
俺は病院の廊下のベンチに座り、手帳を開いた。万年筆のインクが、紙の上で滲んでいる。
『橘美晴——生存。三年間、サンライトハイツ七階の隠し部屋に監禁。監禁の主犯は朝比奈恭介(当時大学生、現二十五歳)。父の犯罪を十一歳で知り、それを「弱者の淘汰」として正当化する歪んだ論理を十年かけて内面化。十年分の嘘と罪が、父から息子へと継承されていた。美晴は今日、三年ぶりに母と再会した。』




