第13章 連鎖の理由
十二月も半ばを過ぎ、街は年の瀬の慌ただしさに包まれ始めていた。
だが俺のワンルームは、そんな季節の流れから完全に切り離されていた。机の上には三十四人の名簿、床には段ボール箱に入った資料の山。壁には模造紙を貼り、赤と青のマジックで人物相関図が描かれている。元記者の習性で、情報が集まれば集まるほど、それを「見える化」したくなる——かつて新聞社の会議室で、スクープ目前の事件を前に壁一面に貼った相関図と、今は構造が同じだった。
五十嵐がコピーしてきた学校の内部文書、優斗の母親の証言記録、環の未送信メッセージ、綾乃の面会記録、写真の解析データ——すべての情報が、この壁の上で線と矢印で結ばれている。
「改めて整理しましょう」
五十嵐が壁の前で腕を組みながら言った。彼女のトレンチコートは椅子の背にかけられ、袖をまくったブラウス姿でメモを取りながら相関図を見つめている。記者として現場に出てきた時と、事務所で資料整理をしている時の彼女は、まるで別人だった。今は後者——冷徹なまでに論理的な分析者の顔だ。
「失踪は三人」彼女は赤マジックで壁の名前を指した。「橘美晴、野口紗英。そして殺されかけたのが黒崎環。全員が五年二組の同級生です」
「そして三人とも違う立場で優斗に関わっていた」俺は手帳を開き、整理した情報を読み上げた。
「橘美晴——学級委員長。朝比奈の口止めに積極的に従い、『先生の言うことは正しい』と他の生徒にも言って回った。綾乃が優斗の墓参りをしているのを知った時も、『もうあのことは忘れなよ』と忠告した。隠蔽の中心人物、あるいは——共犯に近い」
五十嵐はそれを壁に書き込んだ。
「野口紗英——優斗への虐待を日常的に目撃していた。教室での晒し者、掃除の雑巾がけ、体育での過剰な補習——すべてを見ていたのに、一度も教師に報告しなかった。完全な傍観者。そして彼女は——美晴が消える直前に、美晴からの電話を受けている」
「黒崎環——十一月十五日、優斗がマット運動の着地に失敗して倒れる瞬間を直接目撃。朝比奈の口止めを受けた後、十年間引きこもりに。記憶を語ることを極度に恐れ続け、ネットの匿名掲示板でしか自分の過去に向き合えなかった」
俺は壁の前に立ち、三人の名前を線で結んだ。
「三人とも、十年前のあの教室で異なる役割を担いました。そして三人とも——十年後、サンライトハイツのエレベーターで消えたか、消されかけた。単なる偶然だろうか」
「ありえません」
「ああ」俺は壁の反対側——サンライトハイツの建築図面のコピーが貼られた場所に移動した。「あのエレベーターには物理的な仕掛けがある可能性が高い」
五十嵐が市役所の建築指導課から入手した図面を指さしながら説明を続けた。
「エレベーターシャフトの裏側——七階の位置にメンテナンス用の点検口がある。幅六十センチ、高さ百二十センチ。通常は壁で塞がれているが——この設計なら、人が一人通れるサイズだ。そして、この点検口は七〇一号室と七〇二号室の間の壁に接続している。もしここに隠し扉があるなら——」
「エレベーターが七階に到着した瞬間に停止させ、点検口から空き部屋へ被害者を移動させる。そして監視カメラの映像を差し替える——」
「神崎元刑事が言っていた、映像の七分二十八秒地点のノイズです。あれはカットの置き換えだった。警察の鑑識でも見逃すレベルの高度な編集技術——」
「プロの犯行だ」
部屋の中に重い沈黙が落ちた。窓の外で、十二月の風が電線を鳴らしている。
五十嵐が相関図に戻り、新たな線を引いた。
「失踪の順番にも意味があるとすれば——美晴が最初に消えたのは、彼女が最も危険な情報を持っていたからです。クラス委員長として口止めの先頭に立った彼女は、もし罪の意識から真実を話し始めれば、すべての隠蔽が崩壊する。だから朝比奈は——あるいはその背後にいる誰かは——真っ先に美晴を消した」
「紗英は二番目だった。傍観者だった彼女は美晴ほど強く縛られていなかった。美晴の失踪を知って動揺し、誰かに話すかもしれない——そう判断された」
「環は十年間部屋にこもっていたから、存在そのものが忘れられていた。でも——俺たちが調査を始めたことで、彼女の存在が掘り起こされた。だから口封じの放火が実行されたんだ」
俺は手帳の最終ページを開いた。三十四人の名前がすべて並び、一人ひとりの「優斗との関係」が小さく書き込まれている。
クラス委員長。傍観者。目撃者。隣の席。同じ掃除当番。体育で同じ班だった者。休み時間に一緒に遊んでいた者。給食の班が同じだった者——。
そして名簿の一番下で、六人の名前が赤く囲まれていた。橘美晴。野口紗英。黒崎環。水無月綾乃——そして、まだ連絡の取れていない二人。
「次は誰です」五十嵐の声は静かだったが、その目は壁の相関図を鋭く見つめている。
「綾乃かもしれない。彼女は優斗の隣の席で、誰よりも彼に近かった。朝比奈が危険だと判断すれば——」
「あるいは、この六人のうちの誰か。全員が朝比奈にとって『口を割る可能性のある人物』だから」
俺は窓の外を見た。十二月の夕闇が街を静かに覆い始めている。電線の上でカラスが一羽、羽を休めていた。
「優斗の呪い——街の人はそう呼んでるらしいな」俺は苦笑した。「都市伝説としてはよくできている。死んだ子供の霊が、自分を見殺しにした同級生を一人ずつエレベーターで消していく——怖い話としては完璧だ」
「でも現実は、もっと単純で、もっと残酷です」五十嵐が言った。「呪いなんかじゃない。口封じです。生身の人間が、証拠と証言者を消すために、十年かけて計画し実行している犯罪にすぎない」
俺は机の上から万年筆を手に取り、手帳に最後の一行を書き加えた。
『失踪は呪いではない。口封じだ。犯人は朝比奈の背後にいる組織——エレベーターに細工を施し、映像を改竄するだけの技術と資金を持つ何者か。彼らは証人を一人ずつ消している。残る三十一人のうち、次に狙われるのは——綾乃か、あるいは』
ペンを置き、五十嵐を見た。
「真由さん。あなたにも警護が必要です。あなたが持っている情報が相手に漏れれば——」
五十嵐は短く笑ったが、その目は真剣だった。
「それはお互いさまですよ、高橋さん。あなたの方がよほど危ない」




