カイルに話す
その日の夕方、カイルが来た。
縁側に座って、お茶を飲みながら、フェンの方を見た。
フェンは定位置で、ゆっくりと寝息を立てていた。
「……フェンリルが、少し痩せましたね」とカイルが言った。
気づいていた。
この人はいつも、よく見ている。
◆
「カイル」と私は言った。
「はい」
「フェンは——もう、長くないかもしれません」
言葉にすると、胸がしんと冷えた。
カイルはすぐには何も言わなかった。
ただ、湯呑みを置いて、私の顔を静かに見た。
◆
「……いつ、わかったのですか」
「数日前です。フェンが自分で教えてくれました。病ではなく、老いだと」
「治療は」
「できません」と私は言った。「老いは誰にも治せません。薬師の私にも」
カイルが、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「……つらいですね」
◆
「つらい、ですか」
「あなたが誰よりもよくわかっているはずだ」と彼は言った。「治せる方法を探したくて、でも治せないとわかっている。薬師だからこそ、逃げ場がない」
私ははっとした。
その通りだった。
もし私が薬師でなければ、「どこかに治す方法があるかもしれない」と希望にすがれた。でも、私は知っている。老いに治療はないと。
だから、逃げ場がなかった。
◆
「……はい」と私は言った。「逃げ場がありません」
「だったら」とカイルが言った。「逃げなくていいです」
「逃げなくて」
「治す方法を探すのではなく——残された時間を、どう過ごすか。それを考えればいい。あなたなら、できます」
彼の声は静かで、でも確かだった。
◆
「フェンリルは何か、望みを言っていましたか」とカイルが聞いた。
私は少し笑った。涙の混じった笑いだった。
「……婚礼を、見届けるまでは死なない、と」
カイルが目を見開いた。
「婚礼」
「はい。あなたと私の。それを見届けるのが相棒の筋だ、と」
◆
カイルがしばらく、フェンの方を見ていた。
それから、立ち上がって、フェンの隣に行った。
眠っているフェンの前に、片膝をついた。第二王子が、聖獣の前に跪くように。
「……フェンリル」とカイルが小さな声で言った。
フェンが薄く目を開けた。
「なんだ、王子」
◆
「婚礼を早めます」とカイルは言った。
私は息を呑んだ。
「カイル」
「春を待つつもりでした。でも——あなたに、見届けてほしい人がいる。なら、待つ理由はない」
カイルが、まっすぐにフェンを見た。
「フェンリル。あなたが立っているうちに、必ず挙げます。だから——それまでいてください」
◆
フェンがしばらく、カイルを見ていた。
それから、ゆっくりと頭を持ち上げた。
「……王子。お前を認める」
「認める?」
「最初は、気に食わなかった」とフェンは言った。「エリーゼに近づく男など、誰であろうと気に食わん。だが——お前はいい男だ。エリーゼを頼む」
◆
カイルが深く頷いた。
「……必ず」
「ああ。必ず、だ」
フェンがまた、ゆっくりと頭を下ろした。
「……だが、王子。一つだけ言っておく」
「なんですか」
「エリーゼを泣かせたら——化けて出る」
カイルがふっと笑った。
「肝に銘じます」
◆
その夜、カイルが帰った後、私はフェンの隣に座った。
「……婚礼、早まりましたね」
「ああ」
「フェンのためですか」
「半分はな」とフェンは言った。「もう半分は、お前のためだ。お前はもう、待つ必要のない人間だ。幸せは先延ばしにするものではない」
冬の星が窓の外で、静かに光っていた。
フェンの寝息と私の呼吸が、夜の中でそっと重なっていた。
(第98話へ続く)




