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カイルに話す

 その日の夕方、カイルが来た。


 縁側に座って、お茶を飲みながら、フェンの方を見た。


 フェンは定位置で、ゆっくりと寝息を立てていた。


「……フェンリルが、少し痩せましたね」とカイルが言った。


 気づいていた。


 この人はいつも、よく見ている。



「カイル」と私は言った。


「はい」


「フェンは——もう、長くないかもしれません」


 言葉にすると、胸がしんと冷えた。


 カイルはすぐには何も言わなかった。


 ただ、湯呑みを置いて、私の顔を静かに見た。



「……いつ、わかったのですか」


「数日前です。フェンが自分で教えてくれました。病ではなく、老いだと」


「治療は」


「できません」と私は言った。「老いは誰にも治せません。薬師の私にも」


 カイルが、しばらく黙っていた。


 それから、ぽつりと言った。


「……つらいですね」



「つらい、ですか」


「あなたが誰よりもよくわかっているはずだ」と彼は言った。「治せる方法を探したくて、でも治せないとわかっている。薬師だからこそ、逃げ場がない」


 私ははっとした。


 その通りだった。


 もし私が薬師でなければ、「どこかに治す方法があるかもしれない」と希望にすがれた。でも、私は知っている。老いに治療はないと。


 だから、逃げ場がなかった。



「……はい」と私は言った。「逃げ場がありません」


「だったら」とカイルが言った。「逃げなくていいです」


「逃げなくて」


「治す方法を探すのではなく——残された時間を、どう過ごすか。それを考えればいい。あなたなら、できます」


 彼の声は静かで、でも確かだった。



「フェンリルは何か、望みを言っていましたか」とカイルが聞いた。


 私は少し笑った。涙の混じった笑いだった。


「……婚礼を、見届けるまでは死なない、と」


 カイルが目を見開いた。


「婚礼」


「はい。あなたと私の。それを見届けるのが相棒の筋だ、と」



 カイルがしばらく、フェンの方を見ていた。


 それから、立ち上がって、フェンの隣に行った。


 眠っているフェンの前に、片膝をついた。第二王子が、聖獣の前に跪くように。


「……フェンリル」とカイルが小さな声で言った。


 フェンが薄く目を開けた。


「なんだ、王子」



「婚礼を早めます」とカイルは言った。


 私は息を呑んだ。


「カイル」


「春を待つつもりでした。でも——あなたに、見届けてほしい人がいる。なら、待つ理由はない」


 カイルが、まっすぐにフェンを見た。


「フェンリル。あなたが立っているうちに、必ず挙げます。だから——それまでいてください」



 フェンがしばらく、カイルを見ていた。


 それから、ゆっくりと頭を持ち上げた。


「……王子。お前を認める」


「認める?」


「最初は、気に食わなかった」とフェンは言った。「エリーゼに近づく男など、誰であろうと気に食わん。だが——お前はいい男だ。エリーゼを頼む」



 カイルが深く頷いた。


「……必ず」


「ああ。必ず、だ」


 フェンがまた、ゆっくりと頭を下ろした。


「……だが、王子。一つだけ言っておく」


「なんですか」


「エリーゼを泣かせたら——化けて出る」


 カイルがふっと笑った。


「肝に銘じます」



 その夜、カイルが帰った後、私はフェンの隣に座った。


「……婚礼、早まりましたね」


「ああ」


「フェンのためですか」


「半分はな」とフェンは言った。「もう半分は、お前のためだ。お前はもう、待つ必要のない人間だ。幸せは先延ばしにするものではない」


 冬の星が窓の外で、静かに光っていた。


 フェンの寝息と私の呼吸が、夜の中でそっと重なっていた。


(第98話へ続く)

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