診る側
翌朝、私は薬師としての顔でフェンの前に座った。
「フェン。診させてください」
「俺を患者扱いするのか」
「します」と私は言った。「私は薬師です。目の前に具合の悪いものがいれば、診ます。聖獣でも、相棒でも、関係ありません」
フェンがふん、と鼻を鳴らした。
「……好きにしろ」
◆
毛並みをかき分けて、身体に触れた。
以前より確かに痩せていた。肋骨の感触が、前よりはっきりとわかった。
目を見た。鼻を見た。歯茎の色を見た。脈に触れた。
薬師として学んだことを、一つずつ丁寧に確かめた。
でも——わからなかった。
◆
「……どこが悪いのか、わかりません」と私は正直に言った。
「だろうな」
「病ではない、ということですか」
「病ではない」とフェンは言った。「これは、ただの——終わりに向かう流れだ」
終わりに向かう流れ。
その言葉を、薬師の私は知っていた。
老いだ。
どんな薬でも、止められないもの。
◆
私はしばらく、フェンの毛並みに手を置いたまま動けなかった。
患者を二年間、診てきた。
治る人を、治してきた。治らない人も——看取ってきた。
老いだけは、誰にも治せない。それはわかっていた。わかっていたはずだった。
でも、いざ自分の相棒がそうだとわかると——薬師の知識が何の役にも立たなかった。
◆
「……エリーゼ」とフェンが言った。
「はい」
「お前はいい薬師だ」
「フェンを治せないのに」
「治すことだけが薬師ではない」とフェンは言った。「お前は最期まで寄り添う薬師だ。俺は何人もの人間を見てきたが——お前のような者は少ない」
◆
私は唇を噛んだ。
泣くまいと思った。フェンの前で、泣くまいと。
でも、フェンが私の手に鼻先を押し当てた。
「泣いていい」とフェンは言った。「お前はもう、泣ける人間だ。昔のお前なら泣けなかった。だが、今は——泣ける」
「……フェン」
「それは、お前が立ち直った証だ。泣くのを我慢するな」
◆
私はフェンの首に顔を埋めた。
温かかった。
まだ、温かかった。
涙が白い毛並みに染みていった。
フェンは何も言わなかった。ただじっとして、私が泣くのを許してくれていた。
◆
しばらくして、私は顔を上げた。
「……フェン。一つ、約束してください」
「なんだ」
「まだすぐには、いなくならないでください。少しでも長く——一緒にいてください」
フェンが目を細めた。
「努力は、する」
「努力、ですか」
「こればかりは約束はできない」とフェンは言った。「だが、努力はする。お前のために」
◆
それから、フェンはいつもの調子で付け加えた。
「それに——お前の婚礼を見届けるまでは、死なん」
私ははっとした。
「婚礼」
「婚約したのだろう。なら、次は婚礼だ」とフェンは言った。「相棒として、それを見届けるのが筋というものだ」
◆
私は涙の残る顔で、少し笑った。
「……では、婚礼まで生きてください」
「善処する」
「善処、ですか」
「善処だ」とフェンは言った。「だが、悪くない目標だ。生きる理由ができた」
冬の朝の光が、縁側に差し込んでいた。
フェンの白い毛並みが、その光の中でまた金色に染まっていた。
まだ、しばらく。
まだ、もう少し。
私はその金色を、目に焼き付けるように見ていた。
(第97話へ続く)




