フェンの様子
その頃から、少しずつ気になることがあった。
フェンの様子は、いつもと違っていた。
最初に気づいたのは、朝の散歩のときだった。いつもなら私より先に庭を一周して戻ってくるフェンが、その日は途中で立ち止まり、しばらく動かなかった。
「フェン?」
「……なんでもない」
そう言って、ゆっくりと歩き出した。
なんでもない、にしては——歩く速さが少しだけ遅かった。
◆
数日して、ナーシャも気づいた。
「先生。フェン、最近よく寝てませんか」
「……寝ていますね」
「前は夜中も起きて見回りしてたのに。最近はずっと縁側で寝てます」
言われてみれば、そうだった。
あれだけ「見張る」「監督する」と言っていたフェンが、最近は定位置でじっとしていることが多かった。
◆
その夜、私はフェンの隣に座った。
縁側の、いつもの場所。フェンの白い毛並みに手を置いた。
温かかった。いつも通り、温かかった。
でも——少しだけ、痩せた気がした。
「フェン」
「なんだ」
「どこか悪いのですか」
フェンはしばらく黙っていた。
冬の夜の風が、庭の枯れ枝を揺らした。
◆
「……悪くない」とフェンは言った。「ただ、少し疲れた」
「疲れた」
「長く生きたからな」
私の手が、フェンの毛並みの上で止まった。
長く生きた。
フェンが自分のことを、そんな風に言ったのは——初めてだった。
◆
「フェン。あなたは何歳なのですか」
「数えていない」
「聖獣は人より長く生きると聞きました」
「生きる」とフェンは言った。「だが、永遠ではない」
心臓がことりと音を立てた気がした。
「……フェン」
「案ずるな」とフェンは言った。「まだすぐにどうこうという話ではない。ただ——お前には言っておこうと思った」
◆
私はフェンの頭を、ゆっくりと撫でた。
出会ったのは、二年前。山で罠にかかっていたフェンを、私が見つけた。
あれから、ずっと一緒だった。
離縁して、この町に来て、一人で立ち直ろうとしていた。その私の隣に、いつもフェンがいた。
「うるさい」と言いながら、心配してくれた。「触るな」と言いながら、撫でさせてくれた。
私の相棒だった。
◆
「フェン」と私は言った。
「なんだ」
「私、あなたがいなかったら、ここまで来られませんでした」
「……そうでも、ないだろう」
「いいえ。フェンがいたからです」
フェンが目を細めた。
「お前は、強い。俺がいなくても、立てる。——だが」
「だが?」
「俺がいる間は、寄りかかっていい」
◆
その言葉に、私は何も言えなくなった。
寄りかかっていい。
七年間、誰にも寄りかかれなかった私に、フェンは最初からそう言ってくれていた。言葉ではなく、ただ隣にいることで。
「……はい」と私は言った。
声が少し震えた。
「寄りかかります。まだ、しばらく」
「ああ。しばらく、な」
◆
フェンが私の膝に頭を乗せた。
いつもよりゆっくりとした動きだった。
温かい重みが、膝の上にあった。
私はその重みを、しっかりと感じていた。
いつまでも続くわけではない重みを。
◆
窓の外で、雪が降り始めていた。
今年、二度目の雪だった。
フェンの寝息が、静かに聞こえた。
私はその寝息が止まらないように、ただ祈るような気持ちで、白い毛並みを撫で続けた。
冬の夜は、長かった。
(第96話へ続く)




