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フェンの様子

 その頃から、少しずつ気になることがあった。


 フェンの様子は、いつもと違っていた。


 最初に気づいたのは、朝の散歩のときだった。いつもなら私より先に庭を一周して戻ってくるフェンが、その日は途中で立ち止まり、しばらく動かなかった。


「フェン?」


「……なんでもない」


 そう言って、ゆっくりと歩き出した。


 なんでもない、にしては——歩く速さが少しだけ遅かった。



 数日して、ナーシャも気づいた。


「先生。フェン、最近よく寝てませんか」


「……寝ていますね」


「前は夜中も起きて見回りしてたのに。最近はずっと縁側で寝てます」


 言われてみれば、そうだった。


 あれだけ「見張る」「監督する」と言っていたフェンが、最近は定位置でじっとしていることが多かった。



 その夜、私はフェンの隣に座った。


 縁側の、いつもの場所。フェンの白い毛並みに手を置いた。


 温かかった。いつも通り、温かかった。


 でも——少しだけ、痩せた気がした。


「フェン」


「なんだ」


「どこか悪いのですか」


 フェンはしばらく黙っていた。


 冬の夜の風が、庭の枯れ枝を揺らした。



「……悪くない」とフェンは言った。「ただ、少し疲れた」


「疲れた」


「長く生きたからな」


 私の手が、フェンの毛並みの上で止まった。


 長く生きた。


 フェンが自分のことを、そんな風に言ったのは——初めてだった。



「フェン。あなたは何歳なのですか」


「数えていない」


「聖獣は人より長く生きると聞きました」


「生きる」とフェンは言った。「だが、永遠ではない」


 心臓がことりと音を立てた気がした。


「……フェン」


「案ずるな」とフェンは言った。「まだすぐにどうこうという話ではない。ただ——お前には言っておこうと思った」



 私はフェンの頭を、ゆっくりと撫でた。


 出会ったのは、二年前。山で罠にかかっていたフェンを、私が見つけた。


 あれから、ずっと一緒だった。


 離縁して、この町に来て、一人で立ち直ろうとしていた。その私の隣に、いつもフェンがいた。


「うるさい」と言いながら、心配してくれた。「触るな」と言いながら、撫でさせてくれた。


 私の相棒だった。



「フェン」と私は言った。


「なんだ」


「私、あなたがいなかったら、ここまで来られませんでした」


「……そうでも、ないだろう」


「いいえ。フェンがいたからです」


 フェンが目を細めた。


「お前は、強い。俺がいなくても、立てる。——だが」


「だが?」


「俺がいる間は、寄りかかっていい」



 その言葉に、私は何も言えなくなった。


 寄りかかっていい。


 七年間、誰にも寄りかかれなかった私に、フェンは最初からそう言ってくれていた。言葉ではなく、ただ隣にいることで。


「……はい」と私は言った。


 声が少し震えた。


「寄りかかります。まだ、しばらく」


「ああ。しばらく、な」



 フェンが私の膝に頭を乗せた。


 いつもよりゆっくりとした動きだった。


 温かい重みが、膝の上にあった。


 私はその重みを、しっかりと感じていた。


 いつまでも続くわけではない重みを。



 窓の外で、雪が降り始めていた。


 今年、二度目の雪だった。


 フェンの寝息が、静かに聞こえた。


 私はその寝息が止まらないように、ただ祈るような気持ちで、白い毛並みを撫で続けた。


 冬の夜は、長かった。


(第96話へ続く)

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