王妃
集いの日が来た。
朝、灰色のドレスを着た。発表のときと同じドレスだ。胸元の薬草の刺繍が、今日も静かに光っていた。
ナーシャが髪を結ってくれた。
「先生、緊張してます?」
「しています」
「珍しい。先生が緊張してるって言うの」
「言ってみました」と私は答えた。「隠すと、もっと緊張しそうだったので」
◆
王城の一室に通された。
発表のときの広間ではなかった。もっと小さな、しかし格段に上品な部屋だった。窓辺に冬薔薇が活けてあった。
すでに、何人かの女性貴族がいた。
視線が、一斉に私を見た。
値踏みするような、興味本位の、品定めの目。七年前なら、その目に俯いていただろう。
でも、私は——背筋を伸ばした。
◆
しばらくして、王妃が入ってきた。
思っていたより、小柄な方だった。けれど、その立ち姿には、隙がなかった。部屋の空気が、すっと変わった。
「皆、楽にしてちょうだい」
穏やかな声だった。でも、誰も「楽」にはしていなかった。
王妃の視線が、ゆっくりと部屋を巡り——私のところで、止まった。
◆
「あなたが、エリーゼね」
「はい。お招きいただき、ありがとうございます」
私は、ライラに教わった通りに礼をした。いや——教わるまでもなく、身体が覚えていた所作だった。
王妃は、しばらく私を見ていた。
観察する人。自分で見たことしか信じない人。
カイルの言葉を、思い出した。
◆
お茶が運ばれ、歓談が始まった。
最初は、当たり障りのない話だった。今年の冬の寒さ。冬薔薇の育て方。
けれど、しばらくして——一人の女性が、口を開いた。
「エリーゼ様は、たしか——一度、ご結婚されていたとか」
部屋の空気が、わずかに動いた。
来た、と思った。
◆
「はい」と私は答えた。「七年間、嫁いでおりました。離縁いたしました」
「まあ。離縁」
その女性が、扇で口元を隠した。隠しきれていない笑みがあった。
「差し支えなければ、理由を」
私は、まっすぐにその女性を見た。
「夫が、愛人の方とその子を選びました。私は、離縁状を受け取りました。——それだけのことです」
◆
部屋が、しんとした。
女性が、扇の奥で、少し言葉を失った。あまりに淡々とした答えだったからだろう。
「……それは、おつらかったでしょうね」と、別の女性が同情めいた声を出した。
「つらくは、ありませんでした」と私は言った。
「つらくない?」
「七年間の方が、つらかったので。離縁してからは——ずっと、息がしやすくなりました」
◆
誰も、何も言わなかった。
私は、続けた。
「今は、町で薬師をしています。患者を診て、薬を作って、弟子を育てています。——失ったものより、得たものの方が、ずっと多い暮らしです」
扇の女性が、もう何も聞かなかった。
哀れもうとした手が、空を切ったような顔をしていた。
◆
その時——王妃が、小さく笑った。
声を立てずに、ただ口元だけで。
「……息がしやすくなった、と」
「はい」
「いい言葉ね」と王妃は言った。「わたくしも、若い頃に、何度かそう思ったことがあるわ」
部屋の女性たちが、はっとした。
王妃が、そんなことを言うとは、誰も思っていなかったのだろう。
◆
「エリーゼ」
「はい」
「あなた、泣かないのね」
私は、少し考えてから答えた。
「……泣けない時期が、長くありました。今は、泣くべきときには、泣きます。——でも、今日は、泣くべきときでは、ないので」
王妃が、今度ははっきりと、笑った。
「面白い人ね。カイルが選ぶわけだわ」
◆
集いが終わり、退出するとき、王妃が私だけを呼び止めた。
二人きりになった部屋で、王妃は、先ほどとは違う、静かな声で言った。
「……あの子は、昔から、口数が少なくて。何を考えているのか、母のわたくしにもわからない子だった」
「カイルが」
「ええ。でも、あなたの話をするときだけ——少し、口数が増えるの」
王妃が、窓の冬薔薇に目をやった。
「あなたを、見ておきたかった。あの子が、口数を増やすほどの相手を」
◆
「……いかがでしたか」と私は聞いた。
王妃が、振り返った。
その顔には、もう、品定めの色はなかった。
「合格よ」とだけ、言った。
◆
帰りの馬車で、フェンが「どうだった」と聞いた。
「合格、だそうです」
「当然だ」
フェンは、まるで自分のことのように、満足げだった。
窓の外を、冬の街が流れていた。
息が、しやすかった。
今日も、ちゃんと、しやすかった。
(第94話へ続く)




