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王妃

 集いの日が来た。


 朝、灰色のドレスを着た。発表のときと同じドレスだ。胸元の薬草の刺繍が、今日も静かに光っていた。


 ナーシャが髪を結ってくれた。


「先生、緊張してます?」


「しています」


「珍しい。先生が緊張してるって言うの」


「言ってみました」と私は答えた。「隠すと、もっと緊張しそうだったので」



 王城の一室に通された。


 発表のときの広間ではなかった。もっと小さな、しかし格段に上品な部屋だった。窓辺に冬薔薇が活けてあった。


 すでに、何人かの女性貴族がいた。


 視線が、一斉に私を見た。


 値踏みするような、興味本位の、品定めの目。七年前なら、その目に俯いていただろう。


 でも、私は——背筋を伸ばした。



 しばらくして、王妃が入ってきた。


 思っていたより、小柄な方だった。けれど、その立ち姿には、隙がなかった。部屋の空気が、すっと変わった。


「皆、楽にしてちょうだい」


 穏やかな声だった。でも、誰も「楽」にはしていなかった。


 王妃の視線が、ゆっくりと部屋を巡り——私のところで、止まった。



「あなたが、エリーゼね」


「はい。お招きいただき、ありがとうございます」


 私は、ライラに教わった通りに礼をした。いや——教わるまでもなく、身体が覚えていた所作だった。


 王妃は、しばらく私を見ていた。


 観察する人。自分で見たことしか信じない人。


 カイルの言葉を、思い出した。



 お茶が運ばれ、歓談が始まった。


 最初は、当たり障りのない話だった。今年の冬の寒さ。冬薔薇の育て方。


 けれど、しばらくして——一人の女性が、口を開いた。


「エリーゼ様は、たしか——一度、ご結婚されていたとか」


 部屋の空気が、わずかに動いた。


 来た、と思った。



「はい」と私は答えた。「七年間、嫁いでおりました。離縁いたしました」


「まあ。離縁」


 その女性が、扇で口元を隠した。隠しきれていない笑みがあった。


「差し支えなければ、理由を」


 私は、まっすぐにその女性を見た。


「夫が、愛人の方とその子を選びました。私は、離縁状を受け取りました。——それだけのことです」



 部屋が、しんとした。


 女性が、扇の奥で、少し言葉を失った。あまりに淡々とした答えだったからだろう。


「……それは、おつらかったでしょうね」と、別の女性が同情めいた声を出した。


「つらくは、ありませんでした」と私は言った。


「つらくない?」


「七年間の方が、つらかったので。離縁してからは——ずっと、息がしやすくなりました」



 誰も、何も言わなかった。


 私は、続けた。


「今は、町で薬師をしています。患者を診て、薬を作って、弟子を育てています。——失ったものより、得たものの方が、ずっと多い暮らしです」


 扇の女性が、もう何も聞かなかった。


 哀れもうとした手が、空を切ったような顔をしていた。



 その時——王妃が、小さく笑った。


 声を立てずに、ただ口元だけで。


「……息がしやすくなった、と」


「はい」


「いい言葉ね」と王妃は言った。「わたくしも、若い頃に、何度かそう思ったことがあるわ」


 部屋の女性たちが、はっとした。


 王妃が、そんなことを言うとは、誰も思っていなかったのだろう。



「エリーゼ」


「はい」


「あなた、泣かないのね」


 私は、少し考えてから答えた。


「……泣けない時期が、長くありました。今は、泣くべきときには、泣きます。——でも、今日は、泣くべきときでは、ないので」


 王妃が、今度ははっきりと、笑った。


「面白い人ね。カイルが選ぶわけだわ」



 集いが終わり、退出するとき、王妃が私だけを呼び止めた。


 二人きりになった部屋で、王妃は、先ほどとは違う、静かな声で言った。


「……あの子は、昔から、口数が少なくて。何を考えているのか、母のわたくしにもわからない子だった」


「カイルが」


「ええ。でも、あなたの話をするときだけ——少し、口数が増えるの」


 王妃が、窓の冬薔薇に目をやった。


「あなたを、見ておきたかった。あの子が、口数を増やすほどの相手を」



「……いかがでしたか」と私は聞いた。


 王妃が、振り返った。


 その顔には、もう、品定めの色はなかった。


「合格よ」とだけ、言った。



 帰りの馬車で、フェンが「どうだった」と聞いた。


「合格、だそうです」


「当然だ」


 フェンは、まるで自分のことのように、満足げだった。


 窓の外を、冬の街が流れていた。


 息が、しやすかった。


 今日も、ちゃんと、しやすかった。


(第94話へ続く)

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