集いの支度
女性貴族の集いまで、十日ほどあった。
その間も、研究所の毎日は続いた。患者を診て、薬を調合して、ナーシャに調合を教えて。
ただ、夜になると、少しだけ手紙のことを考えた。
観察する人。自分で見たことしか信じない人。
どんな方なのだろう、と思った。
◆
ある日、カイルが一人の女性を連れてきた。
落ち着いた身なりの、四十代ほどの女性だった。
「こちらは、宮廷の作法を見てくれる方です」とカイルが言った。「集いの前に、一度だけ。あなたが恥をかかないように」
「……作法を、習うのですか」
「習うというより——確認です。あなたはもう、たいていのことはできます。七年間、家門の行事を取り仕切っていたので」
◆
女性は、ライラと名乗った。
縁側に座って、お茶の出し方から、立ち居振る舞い、会話の運び方まで、一つずつ確認していった。
思った通り、ほとんどは身体が覚えていた。七年間の、あの暮らしの中で。
「……お見事ですね」とライラが言った。「どこで身につけられたのですか」
「嫁いだ家で。家門の行事を、任されていたので」
「なるほど。——では、一つだけ」
ライラが、姿勢を正した。
◆
「集いでは、過去のことを聞かれるかもしれません」
私は、頷いた。
「離縁のこと。前の家門のこと。意地の悪い問い方をされることも、あるでしょう」
「……はい」
「そのとき、どうなさいますか」
私は少し、考えた。
昔の私なら——黙って、俯いて、やり過ごしただろう。波風を立てないように。誰の機嫌も損ねないように。
でも、今は。
◆
「……正直に答えます」と私は言った。
「正直に」
「隠すことではないので。離縁は、しました。前の家門のことも、事実は事実です。——脚色も、弁解もせず、ただ事実だけを」
ライラが、少し目を細めた。
「それで、相手が嘲笑ったら」
「嘲笑うなら、その方の問題です」と私は言った。「私の問題では、ありません」
◆
ライラが、しばらく私を見ていた。
それから、ふっと、表情を緩めた。
「……合格です」
「作法の話ではなかったのですか」
「作法は、とうに合格していました」とライラは言った。「わたくしが見たかったのは——そちらです。心の構えの方」
◆
ライラが帰った後、カイルが言った。
「……ライラは、宮廷で最も厳しい人です」
「そうでしたか」
「あの人が『合格』と言うのは、滅多にないことです」
カイルが、少し誇らしそうな顔をした。あまり見ない顔だった。
「カイル」
「はい」
「……あの方を寄越したのは、わざとですか」
「はい」と彼はあっさり言った。「一番厳しい人に、先に会っておけば。本番が、楽になるので」
◆
フェンが縁側で「考えているな」と言った。
「考えています」
「お前のためを、考えている」
「……はい」
私は、カイルの横顔を見た。
いつも、先回りして、私が楽になるように動いている。それを、恩着せがましく言わない。ただ、当たり前のように。
「カイル」
「はい」
「……ありがとうございます」
「いえ」
「いつも、先に動いてくれて」
カイルが、少し黙った。
「……あなたが、知らないところで傷つくのが、嫌なだけです」
◆
その言葉を、私はしばらく胸に置いた。
知らないところで傷つくのが、嫌。
七年間、私は——知らないところで、たくさん傷ついていた。誰も、先回りなどしてくれなかった。
でも、今は。
この人が、いる。
「……集い、頑張ってきます」と私は言った。
「はい」
「正直に、答えてきます」
「それが、一番いいです」とカイルは言った。
冬の夕日が、縁側に長い影を落としていた。
フェンの白い毛並みが、その光の中で、金色に染まっていた。
(第93話へ続く)




