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集いの支度

 女性貴族の集いまで、十日ほどあった。


 その間も、研究所の毎日は続いた。患者を診て、薬を調合して、ナーシャに調合を教えて。


 ただ、夜になると、少しだけ手紙のことを考えた。


 観察する人。自分で見たことしか信じない人。


 どんな方なのだろう、と思った。



 ある日、カイルが一人の女性を連れてきた。


 落ち着いた身なりの、四十代ほどの女性だった。


「こちらは、宮廷の作法を見てくれる方です」とカイルが言った。「集いの前に、一度だけ。あなたが恥をかかないように」


「……作法を、習うのですか」


「習うというより——確認です。あなたはもう、たいていのことはできます。七年間、家門の行事を取り仕切っていたので」



 女性は、ライラと名乗った。


 縁側に座って、お茶の出し方から、立ち居振る舞い、会話の運び方まで、一つずつ確認していった。


 思った通り、ほとんどは身体が覚えていた。七年間の、あの暮らしの中で。


「……お見事ですね」とライラが言った。「どこで身につけられたのですか」


「嫁いだ家で。家門の行事を、任されていたので」


「なるほど。——では、一つだけ」


 ライラが、姿勢を正した。



「集いでは、過去のことを聞かれるかもしれません」


 私は、頷いた。


「離縁のこと。前の家門のこと。意地の悪い問い方をされることも、あるでしょう」


「……はい」


「そのとき、どうなさいますか」


 私は少し、考えた。


 昔の私なら——黙って、俯いて、やり過ごしただろう。波風を立てないように。誰の機嫌も損ねないように。


 でも、今は。



「……正直に答えます」と私は言った。


「正直に」


「隠すことではないので。離縁は、しました。前の家門のことも、事実は事実です。——脚色も、弁解もせず、ただ事実だけを」


 ライラが、少し目を細めた。


「それで、相手が嘲笑ったら」


「嘲笑うなら、その方の問題です」と私は言った。「私の問題では、ありません」



 ライラが、しばらく私を見ていた。


 それから、ふっと、表情を緩めた。


「……合格です」


「作法の話ではなかったのですか」


「作法は、とうに合格していました」とライラは言った。「わたくしが見たかったのは——そちらです。心の構えの方」



 ライラが帰った後、カイルが言った。


「……ライラは、宮廷で最も厳しい人です」


「そうでしたか」


「あの人が『合格』と言うのは、滅多にないことです」


 カイルが、少し誇らしそうな顔をした。あまり見ない顔だった。


「カイル」


「はい」


「……あの方を寄越したのは、わざとですか」


「はい」と彼はあっさり言った。「一番厳しい人に、先に会っておけば。本番が、楽になるので」



 フェンが縁側で「考えているな」と言った。


「考えています」


「お前のためを、考えている」


「……はい」


 私は、カイルの横顔を見た。


 いつも、先回りして、私が楽になるように動いている。それを、恩着せがましく言わない。ただ、当たり前のように。


「カイル」


「はい」


「……ありがとうございます」


「いえ」


「いつも、先に動いてくれて」


 カイルが、少し黙った。


「……あなたが、知らないところで傷つくのが、嫌なだけです」



 その言葉を、私はしばらく胸に置いた。


 知らないところで傷つくのが、嫌。


 七年間、私は——知らないところで、たくさん傷ついていた。誰も、先回りなどしてくれなかった。


 でも、今は。


 この人が、いる。


「……集い、頑張ってきます」と私は言った。


「はい」


「正直に、答えてきます」


「それが、一番いいです」とカイルは言った。


 冬の夕日が、縁側に長い影を落としていた。


 フェンの白い毛並みが、その光の中で、金色に染まっていた。


(第93話へ続く)

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