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第81話「ナーシャに話す」

 翌日、ナーシャに話した。


 正確には——ナーシャの方が先に気づいた。


 朝、研究所に来たナーシャが、私の髪に光るものを見つけた。


「先生、それ……新しい簪ですか」


「……はい」


「すごく綺麗ですね。薬草の模様だ」


「殿下に、いただきました」


 ナーシャがしばらく、真剣な顔で簪を見た。それから、じわじわと顔が赤くなった。


「……先生」


「なんですか」


「これって、すごく大事なやつですよね」



 お茶を淹れながら、話した。


 婚約の正式発表が、十二月に決まったこと。それに向けて、いろいろなことが変わっていくこと。


 ナーシャが静かに聞いていた。


「……ナーシャのことは、一緒に来てもらえるように手配できると殿下は言っています。もちろん、ナーシャ自身が決めることですが」


「先生と一緒に行きます」とナーシャがすぐに言った。


「早いですね」


「決まってます。私、先生の弟子なんで」



「でも——王城は怖くないですか」


「怖いです」とナーシャが正直に言った。「でも、先生も怖いんですよね」


「……少し」


「じゃあ、二人で怖がればいいじゃないですか」


 私はしばらく、ナーシャを見た。


「……そうですね」


「二人の方が、一人より怖くないです。それにフェンもいるし」


 フェンが縁側から「当然だ」と言った。



 午後、ナーシャが薬草の整理をしながら、ぽつりと言った。


「……先生、一つ聞いていいですか」


「はい」


「先生って——今、幸せですか」


 私は手を止めた。


 幸せ。


 その言葉を、正面から受け取ったのは——いつ以来だろう。


「……はい」と私は言った。「今は、幸せです」


「本当に」


「本当に。——こう言えるようになったのが、自分でも少し、不思議です」



「以前は言えなかったんですか」


「言う機会がなかったというより——考えたことがなかったです。幸せかどうかを、考えることをやめていたので」


 ナーシャがしばらく黙った。


「……それは、悲しいですね」


「そうですね。今になって、やっと思います」


「でも今は考えられるんですよね」


「考えられます。——今日は幸せだ、とか。この薬草の香りが好きだ、とか。ナーシャが来てくれて嬉しい、とか」


 ナーシャが「えへへ」と笑った。



 夕方近く、殿下が来た。


 ナーシャが「いらっしゃいませ!昨日の簪、先生に似合ってます!」と言った。


 殿下が私を見た。私は少し、顔が熱くなった。


「……ナーシャ」


「だって本当のことだもん」


「よかったです」と殿下が静かに言った。「つけてくれているんですね」


「はい。大切にします、と言いましたから」



 三人でお茶を飲んだ。


 ナーシャが「殿下、私、先生と一緒に王城に行きます」と宣言した。


「頼もしいです」と殿下が言った。


「先生一人だと心配なので」


「ナーシャ」


「だってそうじゃないですか。先生、一人にしたら絶対研究ばっかりして食事も忘れますよ」


 殿下が「それは心配ですね」と言った。


「でしょう。だから私が行きます」



 帰り際、殿下が小声で言った。


「……いい子ですね、ナーシャさんは」


「自慢の弟子です」


「エリーゼさんが育てたんですね」


「……育てたというより、一緒に育ちました」


 殿下がしばらく、私を見た。


「それが、あなたらしいと思います」


 私はその言葉を、胸の中にしまった。


 あなたらしい——と言われることに、ようやく、戸惑わなくなってきた。


 それが、嬉しかった。


(第82話へ続く)

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