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第8話「フェンと過ごす日々」

フェンは、思っていたより生活感があった。


朝になると私の部屋の前で待っている。扉を開けると大きな頭をぐいと押しつけてくる。おはよう、という意味なのか、早く起きろという意味なのか、どちらかはわからない。


「……重いです、フェン」


「うるさい」


そのまましばらく押しつけてくる。白銀の毛並みが頬に当たって、ふわふわと温かかった。


追い払うのも忍びなくて、私はしばらくそのままにしていた。



食事のときは、必ず隣に座る。


座る、というより、どかんと伏せる。食卓の椅子の半分くらいをふさいでしまうため、父が毎朝少し窮屈そうにしていた。


「フェンリル殿、少し詰めていただけますか」


「嫌だ」


「……なぜですか」


「エリーゼの隣がいい」


父が困り顔で私を見た。私は小さく肩をすくめた。どうしようもなかった。


母はそのうち、フェンの分の皿も用意するようになった。

フェンは最初の一口だけ確認するように嗅いで、それからあっという間に平らげた。


「美味いか」と聞くと「普通だ」と答えた。

次の日もきれいに食べていた。



薬草を調合しているときは、フェンは必ず隣で伏せていた。


じっと見ているわけでもなく、眠っているわけでもない。ただ、そこにいた。


「邪魔ではないですか」


「俺が聞きたい」


「……何がですか」


「お前が作業しているとき、鼻が利く。薬草の香りが変わると教えてやれる」


実際、フェンが「それは入れすぎだ」と言い始めてから、薬の精度がぐっと上がった。


聖獣の鼻は、私の才能より正確だった。


近所の商家の娘の熱は、一晩で下がった。

翌日また別の家から人が来た。その次の日も。


一週間もしないうちに、「ヴァルハイン家に不思議な薬師がいる」という話が界隈に広まった。



ある日の午後、私は縁側でフェンの毛並みを梳いていた。


特に意味はなかった。ただ、白銀の毛がもつれていたので、何となく手を動かしていた。


フェンは最初「何をする」と言ったが、気持ちよかったのかそのうち黙った。大きな体をだらりと横たえて、目を細めている。


「……気持ちいいですか」


「……別に」


「目が細くなっていますよ」


「気のせいだ」


私は笑った。


声に出して笑ったのが、いつぶりかわからなかった。

七年間、笑ったことがなかったわけではない。でも、こんなふうに、何も考えずに笑ったのは——本当に久しぶりだった。


フェンが顔を上げて、じっと私を見た。


「どうしましたか」


「……お前が笑った」


「おかしかったので」


「そうか」


フェンはそれだけ言って、また目を細めた。でも今度は、少しだけ機嫌がよさそうな顔をしていた。


「もっと笑え」


「命令ですか」


「そうだ」


「難しいご命令ですね」


「お前には難しくない」


断言するように言われて、私はまた少し笑った。



夕方、カイル殿下がまた来た。


「また来てしまいました」


「……今日で三回目ですね、殿下」


「数えていたんですか」


「数えてしまいます」


殿下が少し気まずそうな顔をした。そこへフェンが悠然と割り込んで、私と殿下の間にどかんと座った。


「……フェン」


「何だ」


「邪魔です」


「邪魔ではない。俺もいる」


殿下がフェンを見て、それから私を見て、小さく息をついた。


「聖獣というのは、こういうものなのですか」


「私にもよくわかりません」


「そうですか」


三人で縁側に並んで、夕暮れを眺めた。

不思議な光景だったが、不思議と落ち着いた。


「……いい夕焼けですね」


殿下が静かに言った。

フェンが「普通だ」と言った。

私は何も言わずに、ただそれを聞いていた。


胸の中が、じんわりと温かかった。


翌日の朝、父が険しい顔で新聞を持ってきた。


「エリーゼ。ガーランド侯爵家の話が出ている」


(第9話へ続く)

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