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第77話「帰り道」

 王城から研究所に戻ったのは、夕方だった。


 馬車を降りると、ナーシャが玄関で待っていた。


「先生!どうでしたか!」


「……疲れました」


「緊張しましたか」


「しました」


「でも——帰ってきた顔が、暗くないです」



 お茶を入れてもらって、縁側に座った。


 夕暮れの庭が、橙色に染まっていた。


 フェンが隣に座って、静かにしていた。


「……フェン」


「なんだ」


「今日、ありがとうございました」


「俺は何もしていない」


「いてくれました」


 フェンが何も言わなかった。でも、少し身を寄せてきた。



 ナーシャが「陛下はどんな方でしたか」と聞いた。


「……大きな方でした。目が、殿下に似ていました」


「怖かったですか」


「怖いというより——重かったです。言葉が」


「重い?」


「軽くない、ということです。一言ずつに、ちゃんと意味がある方だと思いました」



 翌朝、殿下から手紙が来た。


 「昨日はありがとうございました。父上から、少し話を聞きました。よければ今日、伺っていいですか」


 私は返事を書いた。「どうぞ」



 昼前に殿下が来た。


 縁側でお茶を出すと、殿下が少し口元を緩めた。


「父上が、あなたのことを話していました」


「どのようなことを」


「……薬師というのは、よく患者を見る仕事だ、と」


「それは、どういう意味ですか」


「人を見る目が育っている、ということだと思います。——お前が選んだのは、ただの器量よしではない、と言っていました」



 私はしばらく、その言葉を受け取った。


「……陛下が、そう」


「はい。父上は褒めるのが得意ではない方なので——それが、精一杯の褒め言葉だと思います」


「……なんだか、泣きそうです」


「泣いていいですよ」


「泣きません」


 殿下が小さく笑った。



 フェンが「あの男は、ちゃんと見ていた」と言った。


「陛下が、ですか」


「王というのは、見ることが仕事だ。お前を正しく見た」


「……フェンは、陛下のことが好きですか」


「好きではない」とフェンが即座に言った。「だが——認めている」


 殿下が「それは、かなりの評価ですね」と言った。


「そうなのですか」


「フェンリルに認められた人間は、そう多くないと思います」



 午後、庭で薬草の手入れをしながら、今日のことを静かに考えた。


 陛下が、見ていた。殿下が、隣にいた。フェンが、そばにいた。


 私は——この場所から、少しずつ外に出ていけるかもしれない。


 研究所の庭を出て、王城の庭まで。


 自分の足で、ここまで来た。


 それが——少しだけ、誇らしかった。


(第78話へ続く)

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