第77話「帰り道」
王城から研究所に戻ったのは、夕方だった。
馬車を降りると、ナーシャが玄関で待っていた。
「先生!どうでしたか!」
「……疲れました」
「緊張しましたか」
「しました」
「でも——帰ってきた顔が、暗くないです」
◆
お茶を入れてもらって、縁側に座った。
夕暮れの庭が、橙色に染まっていた。
フェンが隣に座って、静かにしていた。
「……フェン」
「なんだ」
「今日、ありがとうございました」
「俺は何もしていない」
「いてくれました」
フェンが何も言わなかった。でも、少し身を寄せてきた。
◆
ナーシャが「陛下はどんな方でしたか」と聞いた。
「……大きな方でした。目が、殿下に似ていました」
「怖かったですか」
「怖いというより——重かったです。言葉が」
「重い?」
「軽くない、ということです。一言ずつに、ちゃんと意味がある方だと思いました」
◆
翌朝、殿下から手紙が来た。
「昨日はありがとうございました。父上から、少し話を聞きました。よければ今日、伺っていいですか」
私は返事を書いた。「どうぞ」
◆
昼前に殿下が来た。
縁側でお茶を出すと、殿下が少し口元を緩めた。
「父上が、あなたのことを話していました」
「どのようなことを」
「……薬師というのは、よく患者を見る仕事だ、と」
「それは、どういう意味ですか」
「人を見る目が育っている、ということだと思います。——お前が選んだのは、ただの器量よしではない、と言っていました」
◆
私はしばらく、その言葉を受け取った。
「……陛下が、そう」
「はい。父上は褒めるのが得意ではない方なので——それが、精一杯の褒め言葉だと思います」
「……なんだか、泣きそうです」
「泣いていいですよ」
「泣きません」
殿下が小さく笑った。
◆
フェンが「あの男は、ちゃんと見ていた」と言った。
「陛下が、ですか」
「王というのは、見ることが仕事だ。お前を正しく見た」
「……フェンは、陛下のことが好きですか」
「好きではない」とフェンが即座に言った。「だが——認めている」
殿下が「それは、かなりの評価ですね」と言った。
「そうなのですか」
「フェンリルに認められた人間は、そう多くないと思います」
◆
午後、庭で薬草の手入れをしながら、今日のことを静かに考えた。
陛下が、見ていた。殿下が、隣にいた。フェンが、そばにいた。
私は——この場所から、少しずつ外に出ていけるかもしれない。
研究所の庭を出て、王城の庭まで。
自分の足で、ここまで来た。
それが——少しだけ、誇らしかった。
(第78話へ続く)




