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第76話「王城にて」

 茶会の朝、私は早く目が覚めた。


 薬草の刺繍が入った灰色の服は、仕立て上がってから一度だけ袖を通した。今日が本番だった。


 フェンが「落ち着け」と言った。


「落ち着いています」


「心が、うるさい」


「……少しだけ、緊張しています」


「少しでいい」



 殿下が迎えに来た。馬車が王城の門をくぐるとき、私は少し息を吸った。


 大きな石造りの壁。整列した衛兵。広い中庭。


 研究所とは、何もかもが違った。


「……大きいですね」


「慣れます」と殿下が言った。「俺も最初は、息が詰まりました」


「殿下でも」


「生まれた場所でも、慣れるまで時間はかかります」



 案内された部屋は、庭に面した明るい広間だった。


 すでに数名の方が座っていた。貴族の家門の、年配の方々が多かった。視線が、私に向いた。


 殿下が静かに言った。「エリーゼさん、こちらです」


 私は殿下の隣に座った。フェンが私の足元に静かに伏せた。



 国王陛下が入られた。


 がっしりとした体格の、五十代の方だった。目が、殿下に似ていた。


「カイル、連れてきたか」


「はい、父上。エリーゼさんです」


 陛下が私を見た。静かな、しかし鋭い目だった。


「薬師だと聞いている」


「はい」


「評判は聞いていた。聖獣を伴侶に持つと」


 私は頷いた。「フェンは、私の大切な存在です」


 陛下がフェンを見た。フェンが顔を上げて、陛下を見た。


「……堂々としているな」


「当然です」とフェンが言った。


 広間が、少し静まった。



 お茶が出て、会話が始まった。


 私に話しかけてくる方もいた。「どんな薬を扱うのか」「王都に来る前はどこにいたのか」そういった、探るような、でも敵意のない質問だった。


 私はひとつひとつ、丁寧に答えた。


 飾らずに。ただ、正直に。



 年配の男性が言った。「薬師の家門というのは、以前は違ったのでは」


「はい。元は別の家門でしたが、離縁ののちに薬師として独立しました」


「ほう。そういうことを、隠さないのですね」


「隠す必要がないと思っています」


 男性がしばらく私を見た。


「……潔い方ですな」



 茶会が終わって、庭で少し休んだ。


 殿下が「よくやりました」と言った。


「よく、とは」


「自然体だったということです。あの場で萎縮しないのは、簡単ではないです」


「萎縮しなくていい、と言われていたので」


 殿下が少し、表情を緩めた。


「覚えていてくれましたか」


「全部、覚えています」



 フェンが「陛下はどうだった」と聞いた。


「……わかりません。まだ」


「陛下は、じっくり見る人だ。急いで答えを出さない」


「そうですか」


「だが——嫌ってはいなかった」とフェンが言った。「目が、そう言っていた」


 私はしばらく、王城の庭を見た。


 整えられた薔薇が、夏の光の中で静かに咲いていた。


 ここに、来た。——それだけで、今日は十分だった。


(第77話へ続く)

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