第76話「王城にて」
茶会の朝、私は早く目が覚めた。
薬草の刺繍が入った灰色の服は、仕立て上がってから一度だけ袖を通した。今日が本番だった。
フェンが「落ち着け」と言った。
「落ち着いています」
「心が、うるさい」
「……少しだけ、緊張しています」
「少しでいい」
◆
殿下が迎えに来た。馬車が王城の門をくぐるとき、私は少し息を吸った。
大きな石造りの壁。整列した衛兵。広い中庭。
研究所とは、何もかもが違った。
「……大きいですね」
「慣れます」と殿下が言った。「俺も最初は、息が詰まりました」
「殿下でも」
「生まれた場所でも、慣れるまで時間はかかります」
◆
案内された部屋は、庭に面した明るい広間だった。
すでに数名の方が座っていた。貴族の家門の、年配の方々が多かった。視線が、私に向いた。
殿下が静かに言った。「エリーゼさん、こちらです」
私は殿下の隣に座った。フェンが私の足元に静かに伏せた。
◆
国王陛下が入られた。
がっしりとした体格の、五十代の方だった。目が、殿下に似ていた。
「カイル、連れてきたか」
「はい、父上。エリーゼさんです」
陛下が私を見た。静かな、しかし鋭い目だった。
「薬師だと聞いている」
「はい」
「評判は聞いていた。聖獣を伴侶に持つと」
私は頷いた。「フェンは、私の大切な存在です」
陛下がフェンを見た。フェンが顔を上げて、陛下を見た。
「……堂々としているな」
「当然です」とフェンが言った。
広間が、少し静まった。
◆
お茶が出て、会話が始まった。
私に話しかけてくる方もいた。「どんな薬を扱うのか」「王都に来る前はどこにいたのか」そういった、探るような、でも敵意のない質問だった。
私はひとつひとつ、丁寧に答えた。
飾らずに。ただ、正直に。
◆
年配の男性が言った。「薬師の家門というのは、以前は違ったのでは」
「はい。元は別の家門でしたが、離縁ののちに薬師として独立しました」
「ほう。そういうことを、隠さないのですね」
「隠す必要がないと思っています」
男性がしばらく私を見た。
「……潔い方ですな」
◆
茶会が終わって、庭で少し休んだ。
殿下が「よくやりました」と言った。
「よく、とは」
「自然体だったということです。あの場で萎縮しないのは、簡単ではないです」
「萎縮しなくていい、と言われていたので」
殿下が少し、表情を緩めた。
「覚えていてくれましたか」
「全部、覚えています」
◆
フェンが「陛下はどうだった」と聞いた。
「……わかりません。まだ」
「陛下は、じっくり見る人だ。急いで答えを出さない」
「そうですか」
「だが——嫌ってはいなかった」とフェンが言った。「目が、そう言っていた」
私はしばらく、王城の庭を見た。
整えられた薔薇が、夏の光の中で静かに咲いていた。
ここに、来た。——それだけで、今日は十分だった。
(第77話へ続く)




