第75話「支度」
茶会まで、三週間あった。
殿下から「服装は自由でいいです。ただ、一着、あなたに合うものを用意したい」と手紙が来た。
フェンが「どういう意味だ」と言った。
「……服を、選んでくださるそうです」
「ふん」
「嬉しくないですか」
「俺はお前がどんな格好でも構わない」
「それはそれで嬉しいです」
◆
翌日、殿下が迎えに来た。馬車で、街の仕立屋に向かった。
ナーシャが見送りながら「行ってらっしゃいませ!」と手を振った。フェンが馬車に乗り込もうとして、殿下に「どうぞ」と先に促された。
「……俺が先か」
「大切な方ですので」
フェンが何も言わずに乗った。
◆
仕立屋は、落ち着いた通りにある小さな店だった。
店主が殿下を見て深くお辞儀をした。殿下が「いつもの方にお願いしたい」と言うと、奥から白髪の女性が出てきた。
「こちらが、エリーゼさんです」と殿下が言った。
女性が私を見た。細い目が、静かに私を測った。
「……なるほど」
「お願いできますか」
「もちろん」
◆
いくつかの生地を当てられた。
淡い青、薄い緑、落ち着いた白。
「派手なものは似合わない」と女性が言った。「この方は——静かな色が合います」
「そう思います」と殿下が言った。
「殿下もわかっていらっしゃる」
「少しだけ」
私は二人の会話を聞きながら、少し不思議な気持ちがした。
自分の似合う色を、こんなふうに話し合われるのは——初めてだった。
◆
最終的に、白に近い薄い灰色の生地になった。
「胸元に、小さな刺繍を入れましょう。薬草の」
「薬草を」と私は言った。
「お仕事柄、それが一番似合います。伊達ではなく、あなたらしく」
殿下が「それがいいです」と言った。
◆
帰り道、馬車の中でフェンが私の膝の上で丸くなった。
「……フェン、重いです」
「知っている」
殿下が小さく笑った。
「似合いますか、薬草の刺繍」と私は聞いた。
「とても」
「緊張しています、少し」
「そうですか」
「王城は、研究所とは違いますから」
◆
「……一つだけ、言っていいですか」と殿下が言った。
「はい」
「俺が隣にいます。ずっと」
私はしばらく、その言葉を受け取った。
「……それを聞いて、少し楽になりました」
「もう少し、楽になっていいです」
フェンが「俺もいる」と言った。
「フェンも連れて行きますか」
「もちろん」と殿下が言った。「フェンリルがいない方が、心もとないです」
フェンが「当然だ」と言った。
馬車が、夕暮れの町を走った。
(第76話へ続く)




