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第75話「支度」

 茶会まで、三週間あった。


 殿下から「服装は自由でいいです。ただ、一着、あなたに合うものを用意したい」と手紙が来た。


 フェンが「どういう意味だ」と言った。


「……服を、選んでくださるそうです」


「ふん」


「嬉しくないですか」


「俺はお前がどんな格好でも構わない」


「それはそれで嬉しいです」



 翌日、殿下が迎えに来た。馬車で、街の仕立屋に向かった。


 ナーシャが見送りながら「行ってらっしゃいませ!」と手を振った。フェンが馬車に乗り込もうとして、殿下に「どうぞ」と先に促された。


「……俺が先か」


「大切な方ですので」


 フェンが何も言わずに乗った。



 仕立屋は、落ち着いた通りにある小さな店だった。


 店主が殿下を見て深くお辞儀をした。殿下が「いつもの方にお願いしたい」と言うと、奥から白髪の女性が出てきた。


「こちらが、エリーゼさんです」と殿下が言った。


 女性が私を見た。細い目が、静かに私を測った。


「……なるほど」


「お願いできますか」


「もちろん」



 いくつかの生地を当てられた。


 淡い青、薄い緑、落ち着いた白。


「派手なものは似合わない」と女性が言った。「この方は——静かな色が合います」


「そう思います」と殿下が言った。


「殿下もわかっていらっしゃる」


「少しだけ」


 私は二人の会話を聞きながら、少し不思議な気持ちがした。


 自分の似合う色を、こんなふうに話し合われるのは——初めてだった。



 最終的に、白に近い薄い灰色の生地になった。


「胸元に、小さな刺繍を入れましょう。薬草の」


「薬草を」と私は言った。


「お仕事柄、それが一番似合います。伊達ではなく、あなたらしく」


 殿下が「それがいいです」と言った。



 帰り道、馬車の中でフェンが私の膝の上で丸くなった。


「……フェン、重いです」


「知っている」


 殿下が小さく笑った。


「似合いますか、薬草の刺繍」と私は聞いた。


「とても」


「緊張しています、少し」


「そうですか」


「王城は、研究所とは違いますから」



「……一つだけ、言っていいですか」と殿下が言った。


「はい」


「俺が隣にいます。ずっと」


 私はしばらく、その言葉を受け取った。


「……それを聞いて、少し楽になりました」


「もう少し、楽になっていいです」


 フェンが「俺もいる」と言った。


「フェンも連れて行きますか」


「もちろん」と殿下が言った。「フェンリルがいない方が、心もとないです」


 フェンが「当然だ」と言った。


 馬車が、夕暮れの町を走った。


(第76話へ続く)

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