第72話「弟子の目」
梅雨の晴れ間に、ナーシャが薬草の水やりをしながら言った。
「先生、最近——少し、顔が変わりましたね」
「そうですか」
「なんか……柔らかくなった気がします」
私は水を受け取りながら、少し考えた。
「柔らかく」
「うん。以前も怖くなかったけど——なんか、最近はもっと、ふわっとしてます」
フェンが縁側から「ふわっと」と繰り返した。
◆
ナーシャは観察眼がある。
薬草の状態を見て、何が足りないかを判断する力が、最近ついてきた。人を見る目も、同じように育っているらしかった。
「殿下が来るようになってから、ですか」とナーシャが続けた。
「……そうかもしれません」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「先生が誰かに大切にされると、ほっとするんです、私」
◆
私はしばらく、その言葉を受け取った。
ナーシャは最初、おどおどした子だった。今は堂々と意見を言う。それが——嬉しかった。
「ナーシャも、変わりましたね」
「私も?」
「最初の頃は、私の顔色ばかり見ていました」
ナーシャが少し照れた顔をした。
「……先生が怖くなかったから、慣れたんです。怖い先生だったら、今も顔色見てたと思います」
◆
昼過ぎに殿下が来た。
ナーシャが「いらっしゃいませ」と言って、すぐに台所に消えた。
殿下が「いつも感じのいい子ですね」と言った。
「よく気がつきます。弟子として自慢です」
「エリーゼさんに似てきましたか」
「……どういう意味ですか」
「気がつきやすい、という意味です」
◆
三人でお茶を飲んでいると、ナーシャが殿下に聞いた。
「殿下は——先生のどんなところが好きですか」
「ナーシャ」
「いいじゃないですか。私も聞きたいので」
殿下がしばらく考えた。
「……静かなところ、でしょうか」
「静か?」
「騒がしくない。でも——そこにいるとわかる。そういう人が、俺は好きです」
◆
ナーシャが「へえ」と言った。
「殿下も、そういう感じありますよね。静かで、でもいる感じ」
「似た者を好きになるのかもしれません」
「それ、すごく良いと思います」
フェンが「おしゃべりだ」と言った。
「フェンは静かな人が好きなんですよね」とナーシャが言った。
「……うるさい」
「それって褒めてるってことですよね」
フェンが何も言わなかった。
◆
夕方、ナーシャが帰り際に私に小さく言った。
「……先生、本当によかったです。幸せそうで」
「ナーシャ」
「私、先生が幸せになるとこ、ずっと見ていたいです。ずっと弟子でいます」
私は少し、目が滲んだ。
「……ありがとう」
「泣かないでくださいよ、もう」
でもナーシャも、少し目が赤かった。
(第73話へ続く)




