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第69話「これからの話」

 夏が近づいた頃、殿下がいつもより少し真剣な顔で来た。


「……少し、これからのことを話していいですか」


「はい」


 縁側に座って、お茶を出した。フェンが少し離れたところで伸びていた。



「正式な手続きが、少しずつ進んでいます」と殿下が言った。


「どのくらいで」


「早ければ、年内には——一つの区切りがつく予定です」


 私はしばらく、その言葉を受け取った。


「区切り、とは」


「婚約の正式な発表です。その後、時間をかけて——王城での生活に移ることになります」



「……研究所は、どうなりますか」


「それを聞きたかった。俺は——あなたに続けてほしいと思っています。ただ、どうするかはあなたが決めることです」


 私はしばらく考えた。


「続けたいです」


「ならば、続けましょう。場所のことは、調整できます」


「王城の中でも、できますか」


「王城の敷地内に、小さな研究所を設けることは——おそらく可能です。父王も、薬師の仕事を評価していますから」



「ナーシャは」


「一緒に来てほしければ、来られるように手配します」


 私はしばらく、庭を見た。


 この研究所で過ごした日々。最初の春、薬草を植えたこと。患者が来るようになったこと。ナーシャが弟子になったこと。


「……ここは、どうなりますか」


「売ることも、保持することも、できます。あなたが決めていいです」



「残したいです」


「わかりました」


「ここは——私が自分で立った場所なので」


 殿下が静かに頷いた。


「俺も、そうあってほしいと思っていました」



 フェンが近づいてきて、私の隣に座った。


「……フェンは、どこにいますか。王城に来ますか」


「お前がいる場所にいる」


「ずっと?」


「ずっとだ」


 殿下が「フェンリルも、王城に来てもらえますか」と言った。


 フェンが少し間を置いた。


「……お前が、ちゃんとしている間はな」


「精進します」


「よろしい」



 その日の夜、一人で縁側に座って、庭を見た。


 ラベンダーが夏の夜風に揺れていた。去年植えたものが、今年は背が伸びていた。


 ここで暮らした日々が、これからも続く——形は変わっても、自分の芯は変わらない。


 それが、わかった夜だった。


(第70話へ続く)


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