第69話「これからの話」
夏が近づいた頃、殿下がいつもより少し真剣な顔で来た。
「……少し、これからのことを話していいですか」
「はい」
縁側に座って、お茶を出した。フェンが少し離れたところで伸びていた。
◆
「正式な手続きが、少しずつ進んでいます」と殿下が言った。
「どのくらいで」
「早ければ、年内には——一つの区切りがつく予定です」
私はしばらく、その言葉を受け取った。
「区切り、とは」
「婚約の正式な発表です。その後、時間をかけて——王城での生活に移ることになります」
◆
「……研究所は、どうなりますか」
「それを聞きたかった。俺は——あなたに続けてほしいと思っています。ただ、どうするかはあなたが決めることです」
私はしばらく考えた。
「続けたいです」
「ならば、続けましょう。場所のことは、調整できます」
「王城の中でも、できますか」
「王城の敷地内に、小さな研究所を設けることは——おそらく可能です。父王も、薬師の仕事を評価していますから」
◆
「ナーシャは」
「一緒に来てほしければ、来られるように手配します」
私はしばらく、庭を見た。
この研究所で過ごした日々。最初の春、薬草を植えたこと。患者が来るようになったこと。ナーシャが弟子になったこと。
「……ここは、どうなりますか」
「売ることも、保持することも、できます。あなたが決めていいです」
◆
「残したいです」
「わかりました」
「ここは——私が自分で立った場所なので」
殿下が静かに頷いた。
「俺も、そうあってほしいと思っていました」
◆
フェンが近づいてきて、私の隣に座った。
「……フェンは、どこにいますか。王城に来ますか」
「お前がいる場所にいる」
「ずっと?」
「ずっとだ」
殿下が「フェンリルも、王城に来てもらえますか」と言った。
フェンが少し間を置いた。
「……お前が、ちゃんとしている間はな」
「精進します」
「よろしい」
◆
その日の夜、一人で縁側に座って、庭を見た。
ラベンダーが夏の夜風に揺れていた。去年植えたものが、今年は背が伸びていた。
ここで暮らした日々が、これからも続く——形は変わっても、自分の芯は変わらない。
それが、わかった夜だった。
(第70話へ続く)




