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第68話「初夏の遠出」

 初夏になると、山の薬草が採れる季節になる。


 特にエルダーフラワーとセントジョーンズワートは、この時期にしか採れない。毎年、少し遠くまで出かけていた。


「今年も行きますか」とナーシャが言った。


「行きます」


「殿下も誘いますか」


「……聞いてみます」



 殿下に伝えると、すぐに「行きます」と返事が来た。


 「荷物持ちくらいはできます」とも書いてあった。


 フェンが「俺も行く。当然だ」と言った。



 当日、朝早くに四人で出発した。


 町の外れから山道に入ると、空気が変わった。緑の香りと、土の匂いと、朝露の冷たさ。ナーシャが「きれいですね!」と言って、殿下が「そうですね」と答えた。フェンが先を歩きながら「遅い」と言った。


「フェン、私たちの足のことを考えてください」


「考えている。これでも遅くしている」


「……ありがとうございます」



 一時間ほど歩くと、目当ての場所に着いた。沢のほとりの、日当たりのいい斜面にエルダーフラワーが群生していた。白い小さな花が、朝の光の中で揺れていた。


「……きれいですね」と殿下が言った。


「毎年ここに来ます。去年は一人で来たので、今年は心強いです」


「去年は一人で?」


「はい。フェンと二人で」


 殿下が少し、黙った。


「……来年は、また一緒に来たいです」



 採取を始めると、殿下が真剣な顔で私の隣に来た。


「俺も手伝います。何をすればいいですか」


「花の頭だけを、茎ごと切り取ります。傷つけないように」


「わかりました」


 殿下がゆっくりと、丁寧に花を摘み始めた。無言で、集中していた。


 ナーシャがそっと私の袖を引いた。


「……殿下、真剣ですね」


「そうですね」


「なんかほっこりします」


「仕事の続きをしてください」



 昼前に作業が終わって、沢のほとりで休んだ。


 ナーシャが持ってきた握り飯を食べた。殿下がフェンの隣に座った。フェンが少し身を寄せた。


「フェン、殿下の隣が好きですか」


「……日当たりがいいだけだ」


 殿下が「ありがとうございます」と言った。フェンが「礼はいらない」と言った。



 帰り道、殿下が私の隣を歩きながら、静かに言った。


「……こういう時間が好きです」


「どんな時間ですか」


「目的があって、みんなで動いて、疲れて、それでも帰り道が楽しいような」


「王城では、あまりないですか」


「……種類が違います。俺が好きなのは、こういう疲れ方です」



 研究所に戻って、採ってきた花を広げた。


 エルダーフラワーの甘い香りが部屋いっぱいに広がった。


「……いい香りですね」と殿下が言った。


「今夜から乾燥させます。二週間ほどで使えるようになります」


「その間、来たら香りを楽しめますか」


「どうぞ」


 殿下が「では来ます」と言った。


 フェンが「どうせ来る」と言った。


 ナーシャが「えへへ」と笑った。


 初夏の午後が、花の香りの中でゆっくりと流れていった。


(第69話へ続く)


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