第67話「フェンとカイル」
その日、殿下が来たのは昼過ぎだった。
私が薬草の蒸留作業で台所に入っていたとき、フェンと殿下が縁側に二人きりになった。
私は気づいていなかった。
◆
作業を終えて縁側に出ると、殿下が少し、妙な顔をしていた。
「……どうかしましたか」
「いえ」
「フェンに何か言われましたか」
殿下が少し間を置いた。
「……少し、話をしました」
「どんな話ですか」
フェンが「俺とあいつの話だ」と言った。
◆
気になって、夜になってからフェンに聞いた。
「……殿下に、何を話したのですか」
「いろいろだ」
「いろいろ」
「お前のことと、俺のこと」
フェンがしばらく黙った。それから言った。
「俺が以前の伴侶のとき、何百年も生きてきたこと。人間がいかに短命か。それでも俺が人の傍にいる理由」
◆
「……それを、殿下に」
「あいつには知っておいてほしかった」
「なぜですか」
「お前を大切にしたいなら——お前がどこから来たかを、ちゃんと見ていてほしいから」
私は少し、胸が詰まった。
「フェン……」
「うるさい。感謝するな」
◆
翌日、殿下に聞いた。
「フェンに何を言われたか、教えてもらえますか」
殿下がしばらく考えた。
「……エリーゼさんは、一度壊れかけた人間だと言われました」
「壊れかけた」
「言葉がきつくて、すみません。でもフェンはそう言いました。だから俺が、二度と同じことをしないように、と」
◆
「……それで、殿下はどう答えたのですか」
「しないと言いました。ただ、言葉だけでは足りないとも思ったので——」
殿下が少し、迷うような顔をした。
「フェンに、もし俺がそういうことをしたら噛んでくれと頼みました」
「……噛む」
「はい。フェンに了承してもらいました」
◆
私はしばらく、その会話を想像した。
殿下が真剣な顔でフェンに「噛んでください」と言い、フェンが「わかった」と答えている——そんな場面が浮かんで、何とも言えない気持ちになった。
「……笑いましたか」とフェンが言った。
「笑いました」
「笑うな。真剣に言った」
「わかっています」
◆
でも——それが、嬉しかった。
殿下がフェンに頼んだということが。フェンが了承したということが。
二人が、そういうふうに向き合っているということが。
「……ありがとうございます、殿下」
「フェンに感謝してください」
「フェンにも、ありがとうございます」
「うるさい」
でも今夜のフェンの「うるさい」は、少しだけ声が明るかった。
(第68話へ続く)




