第62話「殿下の奮闘」
「何か手伝えることはありますか」
殿下が来るたびに言う言葉だった。今日はナーシャが風邪で休みだったので、私は少し考えた。
「……では、軟膏の仕込みを手伝ってもらえますか」
「やります」
「本当に大丈夫ですか。少し細かい作業ですが」
「やります」
殿下が袖をまくった。その真剣な顔が——少し、可笑しかった。
◆
材料を並べた。蜜蝋、植物油、乾燥させたカレンデュラ。
「まずカレンデュラを油に漬けてから、蜜蝋を溶かして混ぜます。火加減が大事なので」
「わかりました」
「ゆっくり混ぜてください。急ぐと分離します」
「……分離、しないように」
殿下が非常に慎重に、へらを動かし始めた。
◆
五分ほど経って、殿下が静かに言った。
「……これは、むずかしいですね」
「慣れると感覚でわかります」
「あなたはいつも、こういうことを一人でやっていたのですか」
「ナーシャが来てからは二人ですが、以前は一人でした」
「……尊敬します」
私は少し笑った。
「殿下も、王城でなさっていることの方がずっと難しいと思います」
「種類が違います。これは——手が直接、誰かの役に立っている感じがします」
◆
フェンが台所の入口から顔を出した。
「何をしている」
「軟膏を作っています」
「あいつが」
「手伝ってもらっています」
フェンがしばらく、殿下の手元を見た。
「……丁寧だな」
「ありがとうございます」と殿下が言った。手を止めずに。
「褒めたわけではない」とフェンが言った。でも離れなかった。
◆
仕上がった軟膏を小瓶に詰めると、殿下が「できました」と言った。少し誇らしそうだった。
「上手にできました」
「本当ですか」
「本当です。これは明日の患者に使います」
殿下がその小瓶を、しばらく見ていた。
「……俺が作ったものが、誰かの役に立つのですか」
「そうです」
「……それは、少し——いいですね」
◆
後片付けをしながら、殿下が言った。
「薬師の仕事は、続けてほしいです」
「続けるつもりです」
「俺の傍にいることになっても」
「はい。それは——変えたくないです」
殿下が頷いた。
「俺もそう思います。あなたの仕事は、あなたのものです」
◆
夕方、殿下が帰ったあと、フェンが言った。
「……あいつは、お前を縛ろうとしない」
「そうですね」
「前の男とは違う」
私はその言葉を、静かに受け取った。
「……はい。全然違います」
「だから——俺も、認めた」
フェンが、それだけ言って縁側に戻った。
春の夕暮れが、小瓶の並んだ棚をやわらかく照らしていた。
(第63話へ続く)




