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第61話「変わること、変わらないこと」

 殿下との話の翌日、研究所はいつも通りだった。


 ナーシャが来て薬草を仕分けて、患者が二人来て、記録をつけた。フェンが縁側で伸びていた。何も変わっていなかった。


 何も変わっていないのに——少し、違う気がした。



「……フェン」


「なんだ」


「何かが変わった気がするのですが、何も変わっていません」


 フェンが少し、間を置いた。


「変わったのは、お前の中だ」


「私の中が」


「先が見えると、今がちがって見える。それだけだ」


 私はその言葉を、しばらく考えた。


 確かに——今日の研究所の光が、いつもより少し温かく感じた。



 ナーシャが仕事をしながら、ちらちらとこちらを見ていた。


「……何ですか、ナーシャ」


「いえ、エリーゼ様が今日、なんか、その」


「なんですか」


「顔が、違います」


「どう違いますか」


「……なんか、すごく、穏やかです」


 私は少し考えた。


「……そうかもしれません」


「何かあったんですか!」


「仕事を続けてください」


「はーい」



 昼過ぎに殿下が来た。


 ナーシャが固まった。殿下が「こんにちは」と言った。ナーシャが「こ、こんにちは……」と言った。


 殿下が縁側に座って、私が薬草の仕分けを続けた。ナーシャがそっと私の袖を引いた。


「……エリーゼ様、もしかして昨日、殿下と何か」


「仕事」


「はっ、はいっ」


 殿下が庭を見ながら、小さく口元を緩めた。



 夕方、ナーシャが帰ったあと、三人で縁側に座った。


「……昨日のことを、ナーシャに伝えましたか」と殿下が聞いた。


「言っていません」


「そうですか。気づいていそうでしたが」


「ナーシャは勘が鋭いので」


 殿下がしばらく、庭を見た。


「……いつか、伝わりますね」


「そうですね。でもそれは——いいことだと思っています」



「変わりますか、この場所は」と私は言った。


 殿下がこちらを向いた。


「変わる部分と、変わらない部分があると思います」


「変わらないのは」


「俺がここに来ること。あなたが薬草の仕事をすること。フェンリルが縁側にいること」


 フェンが「当然だ」と言った。


「変わるのは」と私が続けた。


「……あなたが、俺の傍にいる理由が、もう少しちゃんとした形になること」



 私はその言葉を、静かに受け取った。


 ちゃんとした形。


 以前は——誰かの妻として、誰かの家のために生きていた。今度は、自分で選んで、自分の言葉で答えた上での、ちゃんとした形だった。


「……同じようで、全然違いますね」


「何がですか」


「前の結婚と、これから。形は似ていても」


 殿下がゆっくりと頷いた。


「俺も、そう思います。——だから、ちゃんとしたいのです」



 夕暮れが庭をオレンジに染めた。ラベンダーの葉が、風にそっと揺れた。


 フェンが「飽きないな、この庭は」と言った。


「好きですか、ここが」


「……まあ」


「フェンが気に入ってくれていると、嬉しいです」


「うるさい」


 殿下が「俺も、好きです。この場所が」と言った。


 私も、好きだった。ここが——今の自分の、確かな場所だった。


(第62話へ続く)


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