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第6話「謝罪の意味」

カイル殿下は、帰らなかった。


謝罪を受け取ってもらったあとも、お茶を一杯飲み干し、それからもう一杯注がれても、特に腰を上げる様子がなかった。


父が困り顔で私に目配せをしてきた。

私は小さく首を振った。追い出すわけにもいかない。相手は王子だ。


「……もう一つ、聞いてもいいですか」


殿下が静かに口を開いた。


「どうぞ」


「これから、何をするつもりですか」


「これから、とは」


「ガーランド家を出た。実家に戻った。その先のことです」


私はしばらく、考えた。


正直なところ、何も決めていなかった。ただ、あの屋敷を出なければならなかった。それだけで精一杯で、その先のことなど頭になかった。


「……まだ、何も」


「そうですか」


殿下は短く答えて、また黙った。責めるでも、助言するでもない。ただ聞いて、答えを受け取った、という顔だった。


その沈黙が、不思議と苦しくなかった。



「フェンリル」


殿下がふいに、フェンに声をかけた。


フェンが耳をぴくりと動かした。金色の瞳が殿下を見る。


「彼女の魂は、あなたが言うほど傷ついているように見えない。折れなかったのではなく、最初から折れるつもりがなかったのでは」


しばらく、間があった。


フェンがゆっくりと立ち上がり、殿下の前まで歩いた。殿下は動じなかった。巨大な白銀の狼が目の前に来ても、眉一つ動かさない。


フェンが殿下の顔をじっと嗅いだ。


殿下は静かに、それを受け入れた。


しばらくして、フェンが私の元に戻ってきた。そして何も言わずに、また伏せた。


私には、それが「合格」を意味しているように見えた。


「……殿下は、聖獣を前にして怖くないのですか」


「怖いかどうかより、失礼なことはしたくないと思っていました」


「それだけで?」


「それだけで十分でしょう」


殿下が私を見た。その目が、少しだけ穏やかだった。


「あなたも、初めて会ったときに怖がらなかった。それと同じでは」


「……私は、ただ足が動いてしまっただけです」


「俺も、同じです」


短い答えだった。

私は何も返せなかった。



殿下が帰り際に、一つだけ言った。


「ガーランド侯爵が、あなたへの接触を試みているという情報があります」


私は足を止めた。


「……ウィレム様が」


「名目は謝罪、らしいですが。実際には、聖獣の伴侶という立場を取り戻そうとしているのかもしれない」


私は少し考えてから、静かに答えた。


「お断りします」


「そうですか」


「もう終わったことですから」


殿下がまた、ほんの少しだけ口元を動かした。


「その言葉、あなたはよく使いますね」


「……そうでしょうか」


「三回、聞きました。今日だけで」


私は少し考えて、自分でも苦笑した。


「癖になっているかもしれません。でも、嘘はついていません」


「わかっています」


殿下は頷いて、踵を返した。門の方へ歩きながら、一度だけ振り返った。


「また来てもいいですか」


「……殿下のご都合次第ではありますが」


「俺の都合を聞いてくれるんですね」


「王族の方に『駄目です』とは言いにくいです」


殿下が今度こそ、声を出さずに笑った。


その笑顔は、社交界で見せるものではなかった。もっと素に近い、気を抜いたような笑い方だった。


私はその背中を見送りながら、フェンが隣に来るのを感じた。


「どう思いましたか」


私が聞くと、フェンは少しの間があってから答えた。


「悪い魂ではない」


「それだけですか」


「……今は、それだけだ」


その「今は」が、少しだけ気になった。


翌朝、フェンが不意に私の手首に鼻先を押し当てた。温かい感触とともに、手のひらがほんのりと光った気がした。


「フェン?」


「……お前の才能が、目を覚まし始めている」


金色の瞳が、穏やかに細まった。


「そろそろ、薬草を触ってみるといい」


(第7話へ続く)

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