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第5話「第二王子カイルの接触」

第二王子がヴァルハイン家を訪れるなど、普通ならあり得ないことだった。


王族が平民に近い小貴族の屋敷を直接訪問する。それだけで、相当の意図がある。

私は玄関先でフェンと並んで待ちながら、静かに息を整えた。


扉が開いた。


黒髪の、青年だった。


年は私と同じくらいだろう。切れ長の目が印象的で、どこか感情を読ませない表情をしている。王子という肩書に恥じない佇まいだったが、華やかさより静けさの方が勝っていた。


供の者を二人だけ連れて、それ以外は連れていない。

随分と、軽装だった。


「ヴァルハイン・エリーゼ様ですね」


声は低く、静かだった。


「はい。……カイル・ラングレア殿下とお見受けします」


「そうです」


殿下はちらりとフェンを見た。

フェンは微動だにせず、金色の瞳で殿下を見返していた。


どちらも、譲らなかった。


しばらくして、殿下の口元がほんの少しだけ動いた。笑ったのか、それとも別の何かか、判断がつかなかった。


「……立派な聖獣だ」


「ありがとうございます」


「俺に言ったわけではないが」


「存じています。でも、代わりにお礼を申し上げます」


殿下が今度こそ、少しだけ表情を動かした。意外そうな、しかしどこか面白がるような色だった。



応接間に通すと、殿下は勧められた椅子に座り、一度だけ深く息を吐いた。


フェンは私の隣で伏せて、金色の瞳で殿下を観察し続けている。


「単刀直入に申し上げます」


殿下が顔を上げた。


「あなたに、謝罪がしたい」


「……謝罪、ですか」


「はい」


私には、意味がわからなかった。


第二王子が私に謝罪する理由など、思い当たることが何もない。面識すらなかった。社交界でも、王族とは接点がなかった。


「殿下が私に謝罪される理由が、わかりかねます」


「あるんです」


殿下は短く言って、膝の上で手を組んだ。視線が少しだけ伏せられる。


「七年前のことです」


七年前。


私が、この婚姻の話を受けた年だ。


「……七年前に、殿下と私の間に何が」


「あなたは覚えていないかもしれない」


殿下がゆっくりと顔を上げた。切れ長の目が、真っすぐに私を見た。


「七年前、王都の路地で子供が倒れていた。あなたはそれを助けた。薬草を持っていて、処置をした。覚えていますか」


私は記憶を探った。


七年前。婚姻が決まり、王都に出てきた頃。

確かに——路地で熱を出した子供を見かけて、たまたま持っていた薬草で手当てをしたことがあった。ただそれだけのことだったが。


「……覚えています。でも、それが謝罪と、どう繋がるのですか」


「私はそのとき、遠くから見ていました」


殿下の声が、少しだけ低くなった。


「見ていただけで、何もしなかった。王子という立場を言い訳にして、関わることを避けた。あなたが一人で助けた後、私はそのままその場を離れた」


「……それは、謝罪に値することなのでしょうか」


「私には、値します」


迷いのない声だった。


「その後、あなたがガーランド家に嫁ぎ、七年間どう過ごしていたか、耳に入ることもありました。私には何もできなかった。それを、ずっと気にしていた」


私はしばらく、言葉が出なかった。


七年間、私のことを知っていた人間がいた。遠くから見ていた人間がいた。それだけのことかもしれない。でも——


「殿下」


「はい」


「その謝罪は、受け取ります」


私は静かに答えた。


「ただ、殿下が何かを悪くしたとは思いません。あの頃の私には、助けてほしいとも思っていなかった。……ただ、覚えていてくださったことは、嬉しいです」


殿下が少しの間、黙っていた。


それから、初めて、はっきりと微笑んだ。


「……そうですか」


短い答えだった。

でも、その目に、何かが宿った気がした。


フェンが私の隣でふっと息を吐いた。

呆れているのか、認めているのか、私にはわからなかった。


(第6話へ続く)

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