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第57話「正式に」

 冬のある日、殿下がいつもより少し早く来た。


 手土産もなく、外套の紐を直しながら門をくぐってきた。何か考えていそうな顔だった。


「……どうかしましたか」


「少し、話があります」


 私は縁側にお茶を用意して、向かい合って座った。



 殿下がしばらく、茶碗を両手で持ったまま、言葉を選んでいた。


「……俺は、第二王子です」


「はい」


「王家の者が誰かと正式に関わるには、父王の許しが必要です」


 私はその言葉を、静かに受け取った。


「……正式に、というのは」


「あなたと、ちゃんとした形で——共にいたい。そのためには、手順が必要です」



「手順、とは」


「父王への申し出。家門の確認。場合によっては、王城での正式な席」


「……複雑なのですね」


「複雑です。でも——やります」


 殿下がまっすぐ私を見た。


「あなたが嫌でなければ」



 私はしばらく、考えた。


 正式な形。王家の手順。それは——これまでの静かな日々とは、少し違う世界の話だった。


「……怖いですか、と聞きますか」


「聞きません。あなたが怖がらないことは、もう知っているので」


「では、何を聞きたいのですか」


 殿下がひとつ、息をついた。


「……俺と、そういう面倒な道を歩く気があるか、ということです」



 面倒な道。


 その言葉が、少し可笑しかった。王子が自分の立場を「面倒」と言うのは——珍しかった。


「……笑いましたか」


「少し」


「なぜですか」


「殿下が『面倒』と言ったので」


 殿下が少し、困ったような顔をした。


「……実際、面倒なのです。あなたに隠しても仕方ない」



「歩きます」と私は言った。


「……今、答えてくれるのですか」


「はい」


「もう少し考えてもいいです」


「考えました」


 殿下がしばらく、私の顔を見た。


「……確かに聞きました」


「はい」


「ありがとうございます」


 フェンが縁側で「やっと動くか」とぽつりと言った。


「フェンは知っていたのですか」


「最初からわかっていた」



 殿下が「フェンリル、これからもよろしくお願いします」と言った。


 フェンが少し間を置いた。


「……お前が、ちゃんとしている間はな」


「精進します」


「その言葉を信じよう」


 冬の空が、澄んで白かった。


 面倒な道でも——今の私には、怖くなかった。隣に、いてくれる人がいるから。


(第58話へ続く)


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