第57話「正式に」
冬のある日、殿下がいつもより少し早く来た。
手土産もなく、外套の紐を直しながら門をくぐってきた。何か考えていそうな顔だった。
「……どうかしましたか」
「少し、話があります」
私は縁側にお茶を用意して、向かい合って座った。
◆
殿下がしばらく、茶碗を両手で持ったまま、言葉を選んでいた。
「……俺は、第二王子です」
「はい」
「王家の者が誰かと正式に関わるには、父王の許しが必要です」
私はその言葉を、静かに受け取った。
「……正式に、というのは」
「あなたと、ちゃんとした形で——共にいたい。そのためには、手順が必要です」
◆
「手順、とは」
「父王への申し出。家門の確認。場合によっては、王城での正式な席」
「……複雑なのですね」
「複雑です。でも——やります」
殿下がまっすぐ私を見た。
「あなたが嫌でなければ」
◆
私はしばらく、考えた。
正式な形。王家の手順。それは——これまでの静かな日々とは、少し違う世界の話だった。
「……怖いですか、と聞きますか」
「聞きません。あなたが怖がらないことは、もう知っているので」
「では、何を聞きたいのですか」
殿下がひとつ、息をついた。
「……俺と、そういう面倒な道を歩く気があるか、ということです」
◆
面倒な道。
その言葉が、少し可笑しかった。王子が自分の立場を「面倒」と言うのは——珍しかった。
「……笑いましたか」
「少し」
「なぜですか」
「殿下が『面倒』と言ったので」
殿下が少し、困ったような顔をした。
「……実際、面倒なのです。あなたに隠しても仕方ない」
◆
「歩きます」と私は言った。
「……今、答えてくれるのですか」
「はい」
「もう少し考えてもいいです」
「考えました」
殿下がしばらく、私の顔を見た。
「……確かに聞きました」
「はい」
「ありがとうございます」
フェンが縁側で「やっと動くか」とぽつりと言った。
「フェンは知っていたのですか」
「最初からわかっていた」
◆
殿下が「フェンリル、これからもよろしくお願いします」と言った。
フェンが少し間を置いた。
「……お前が、ちゃんとしている間はな」
「精進します」
「その言葉を信じよう」
冬の空が、澄んで白かった。
面倒な道でも——今の私には、怖くなかった。隣に、いてくれる人がいるから。
(第58話へ続く)




