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第56話「手のひら」

 冬の薬草仕事は、手が冷える。


 水を使う作業が多いし、乾燥した空気の中で細かい作業を続けると、指先がかじかんでくる。七年間ずっとそうだったから、慣れていた。気にしたことがなかった。



 ある日、殿下が来て、いつものように縁側に並んで座った。


 お茶を渡そうとしたとき、殿下が私の手をちらりと見た。


「……手が赤いですね」


「冬はこうなります」


「冷たいですか」


「少し」


 殿下が何も言わずに、自分の手を伸ばした。私の手を、両手でそっと包んだ。



 温かかった。


 驚いて、少し身を引こうとした。でも殿下が「少し待ってください」と言ったので、そのままにした。


「……温まります」


「そうですか」


「手袋はありますか」


「あります。でも仕事中は邪魔で」


「そうですか」


 殿下がしばらく、黙って私の手を包んでいた。



 フェンが縁側から「うるさい」と言った。


「何も言っていませんよ」


「お前の心臓がうるさい」


 私は何も言えなかった。殿下が小さく笑った。


「フェンリルには、全部聞こえているんですね」


「……そのようです」


「それは——少し、困りますね」


「今さらです」とフェンが言った。



 殿下がゆっくりと手を離した。指先が少し、温かくなっていた。


「……ありがとうございます」


「次から手袋をしてください」


「仕事中は」


「仕事の前と後だけでも」


 私はしばらく考えた。


「……わかりました」


「約束ですか」


「約束です」


 殿下が「よかった」と言った。それだけだったが、ひどく真剣な声だった。



 その日の夕方、殿下が帰ったあと、フェンが言った。


「……あいつは、お前のことをよく見ている」


「そうですね」


「手が赤いことに、俺も気づいていた」


「フェンも心配していたのですか」


 フェンが少し、黙った。


「……していた。だが言わなかった」


「なぜですか」


「お前が気にしていなかったから」



 私はその言葉を、しばらく受け取った。


「……殿下は、私が気にしていないことも、気にしてくれるんですね」


「そういう人間だ」


「フェンもそうです」


「俺は違う」


「同じです」


 フェンが「うるさい」と言った。


 でも——その日の夜、眠る前に、手のひらがまだ少し温かい気がした。


(第57話へ続く)


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