第51話「翌朝」
翌朝、目が覚めたとき、最初に思い出したのは昨日のことだった。
俺と、いてくれますか。
はい。
夢ではなかった。
◆
朝の仕事をしながら、何度か手が止まった。フェンが縁側から「また止まっている」と言った。
「……何度目ですか」
「四度目だ」
「すみません」
「謝らなくていい。お前が浮かれているのは、悪いことではない」
私は少し驚いた。フェンが「浮かれている」という言葉を使ったのが、珍しかった。
「浮かれていますか、私」
「いつもより表情が多い」
◆
昼前に、殿下から手紙が来た。
「昨日は、ありがとうございました。今日は顔を見に行ってもいいですか」
私はすぐに返事を書いた。
「どうぞ」
それだけだった。でも、書きながら少し笑った。声が出た。
フェンが「笑った」と言った。
「聞こえていましたか」
「聞こえた」
「……恥ずかしいですね」
「恥ずかしくない」
◆
殿下は昼過ぎに来た。
今日は手に花を持っていた。小さな白い菊が数本、簡単に束ねてあった。
「庭で咲いていたので」
「……ありがとうございます」
「素っ気ない束ね方ですみません。花束は得意ではなくて」
「十分です。きれいです」
殿下が少し安心したような顔をした。
◆
花を水に挿して、縁側に並べた。三人でしばらく、それを眺めた。
「……変わりませんね」と私は言った。
「何がですか」
「こういう時間が。昨日と同じです」
「そうですね」
「でも——少し違います」
殿下がこちらを向いた。
「何が違いますか」
私はしばらく考えた。
「安心しています。昨日より、ずっと」
◆
殿下が静かに言った。
「……俺も、そうです」
「そうですか」
「ずっと、言えなかった。言ったら何かが変わってしまうかと思って」
「変わりましたか」
「変わりました。でも——良い方に」
フェンが縁側で「当然だ」と言った。
殿下が「そうですね」と答えた。
私は——また、少し笑った。
◆
夕方、殿下が帰り際に言った。
「……これからも、来ていいですか」
「いつでも」
「毎日でも」
「毎日は——少し多いかもしれません」
殿下が「そうですか」と言った。少し残念そうだった。
「……でも、来てください」
「はい」
◆
殿下が帰ってから、フェンが「毎日来るぞ」と言った。
「そうでしょうか」
「そうだ。あいつはそういう人間だ」
私はそれを聞いて——また笑った。
毎日来る。
それが——少しも嫌ではなかった。
庭の白い菊が、夕暮れの光の中でやわらかく揺れていた。
(第52話へ続く)




