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第51話「翌朝」

 翌朝、目が覚めたとき、最初に思い出したのは昨日のことだった。


 俺と、いてくれますか。


 はい。


 夢ではなかった。



 朝の仕事をしながら、何度か手が止まった。フェンが縁側から「また止まっている」と言った。


「……何度目ですか」


「四度目だ」


「すみません」


「謝らなくていい。お前が浮かれているのは、悪いことではない」


 私は少し驚いた。フェンが「浮かれている」という言葉を使ったのが、珍しかった。


「浮かれていますか、私」


「いつもより表情が多い」



 昼前に、殿下から手紙が来た。


 「昨日は、ありがとうございました。今日は顔を見に行ってもいいですか」


 私はすぐに返事を書いた。


 「どうぞ」


 それだけだった。でも、書きながら少し笑った。声が出た。


 フェンが「笑った」と言った。


「聞こえていましたか」


「聞こえた」


「……恥ずかしいですね」


「恥ずかしくない」



 殿下は昼過ぎに来た。


 今日は手に花を持っていた。小さな白い菊が数本、簡単に束ねてあった。


「庭で咲いていたので」


「……ありがとうございます」


「素っ気ない束ね方ですみません。花束は得意ではなくて」


「十分です。きれいです」


 殿下が少し安心したような顔をした。



 花を水に挿して、縁側に並べた。三人でしばらく、それを眺めた。


「……変わりませんね」と私は言った。


「何がですか」


「こういう時間が。昨日と同じです」


「そうですね」


「でも——少し違います」


 殿下がこちらを向いた。


「何が違いますか」


 私はしばらく考えた。


「安心しています。昨日より、ずっと」



 殿下が静かに言った。


「……俺も、そうです」


「そうですか」


「ずっと、言えなかった。言ったら何かが変わってしまうかと思って」


「変わりましたか」


「変わりました。でも——良い方に」


 フェンが縁側で「当然だ」と言った。


 殿下が「そうですね」と答えた。


 私は——また、少し笑った。



 夕方、殿下が帰り際に言った。


「……これからも、来ていいですか」


「いつでも」


「毎日でも」


「毎日は——少し多いかもしれません」


 殿下が「そうですか」と言った。少し残念そうだった。


「……でも、来てください」


「はい」



 殿下が帰ってから、フェンが「毎日来るぞ」と言った。


「そうでしょうか」


「そうだ。あいつはそういう人間だ」


 私はそれを聞いて——また笑った。


 毎日来る。


 それが——少しも嫌ではなかった。


 庭の白い菊が、夕暮れの光の中でやわらかく揺れていた。


(第52話へ続く)

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